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4話 もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな

 ――俺、シュウロ・アルバレアが『ファントムサーカス』に入団して六年が経った。


 俺は十六歳になり、任務と修行をひたすらこなす毎日だ。

 命がいくつあっても足りないような危険な任務ばかりなのにここまで生きてこられたのは運がいいとしか言えない。


 残念な事に俺の村を襲った奴が誰なのかはまだ分かっていない。が、魔族を殺しまくればいずれそいつにも辿り着くと信じて突っ走ってきた。


 まぁそういう訳でこの六年で変わった事といえば俺自身の強さと口調くらいだ。特に口調はベルと過ごしているうちにどんどん悪くなっていった。


 ちなみにベルはまだまだ元気だ。好物は肉と酒とタバコだし、毎朝刀の素振りはしてるし、俺が出会った時よりも更に強くなっている。

 まさにスーパー婆さんである。


 「ん? どうしたんだいアタシの顔なんかジッと見て」

 「いや、あんたもう130歳だよな? 何で死なねぇのかなって思って」

 「いい女ってのは長生きするもんなのさ。分かったらもっと早く漕ぎな!」

 「……へいへい。分かったよ」


 ベルの命令通り、オールを漕ぐスピードを早める。


 ――そう。俺達は今、大海原に飛び出していた。しかも二人乗りの小舟で。

 理由は簡単。『ファントムサーカス』の任務だ。


 任務内容は暗殺と、可能ならば救助。


 もうすぐこの辺りに他国の奴隷船が通る。

 その船に乗っている拉致された少女を助ける。

 んで皆殺し。

 それだけの単純な任務だ。ここ数年で人を殺める事にもだんだん慣れてきてしまった。


 「……船が見えてきた。ベル、そろそろ作戦に移ろう」

 「ちっ、お前は甘いねぇ。アタシは船ごと沈めるのが楽でいいと思うんだけど」


 いや、この任務は救助だから。


 まぁ本心では分かっているのだろう。ベルは船縁にゆっくりと倒れ込む。

 俺もそれに倣って倒れる。

 こうして遭難者のフリをすれば奴隷船に拾ってもらえるだろう。

 これが一番楽に船に侵入できる方法だ。


 「……お、おーーい! 助けてくれぇええ……」


 奴隷船が近づいてきたタイミングで甲板に向かって声をかける。


 「……何だ?」


 太った男が一人出てきた。


 「船が沈んで遭難したんだぁ! 近くの大陸まで連れていってくれぇ〜」


 演技には少し自信がある。うまく騙せればいいが……。


 俺の発言を受けて鎧の男が他の乗組員と何かを相談する。が、結論はすぐに出たようだ。


 「いいぞ! このロープに掴まれぇ!」


 向こうの船から二本のロープが投げ出された。俺とベルはそれに掴まる。


 よっぽどの力自慢がいるのだろう。俺とベルはそのままスルスルと船上に引き上げられた。


 ――そしてそんな俺達を出迎えたのは武器を構えた小汚いおじさん達だった。


 「……何です? これは」

 「残念だったな兄ちゃん、ここは普通の船じゃねぇ、奴隷船だぁ!」


 そう言って彼らは俺とベルの喉元にナイフをあてた。


 「お前らはたった今から俺達の商品だ。ババァには需要は無いだろうが……、まぁマニア受けするかもしれんから一応奴隷として扱ってやるよ」


 ベルの舌打ちが聞こえたが波音のおかげで彼らには聞こえなかったようだ。


 こうして俺達は船室の奥にある牢へと連れていかれた。

 ここまでは狙い通りだ。何の問題も無い。



 ◇◆◇



 「オラッ! 次の島まではここで大人しくしてな!」


 鎧の男に背中を押されて牢屋にぶち込まれる。流石は奴隷船、こういう設備はしっかりしている。

 ただ鉄格子の窓しか光源がないのでとても暗い。


 「……そこにいるのは誰ですか?」


 檻の隅の方にいたのだろう。一人の少女が俺達に声をかけてくる。


 その見た目は黒髪ショートで俺と同年代くらいの少女。

 うん、間違いない。任務の救助対象だ。


 「シュウロ、説明はアンタがしな。アタシはもうクタクタだから寝るよ」

 「へいへい……。」


 ベルがゴロンと冷たい床に寝転がる。するとすぐにぐかーぐがーとイビキが聞こえてきた。神様、少しでいいからこの人に緊張感というものを与えてやってください。


 「俺達はあんたを助けに来たんだ。名前を聞かせてくれるか?」

 「……ロット。ロット・ユーディーです」


 不安そうに少女が名乗る。

 うん。奴隷として攫われただけあって確かに可愛らしい。

 いかにも一般人といった感じの素朴な可愛らしさだ。


 「助けに来たって……。あなたも捕まってますけど大丈夫ですか……?」

 「こうでもしないとあんたを無傷で助けられないからな。大丈夫、こんな檻すぐに壊せる」

 「……冒険者さんですか?」

 「あぁ」


 『ファントムサーカス』の情報はトップシークレットなので適当に返す。何せ正体がバレたら問答無用で処刑がうちのルールだ。


 そこからはロットとダラダラ話し、船の揺れが小さくなってきた辺りで俺は作戦に移ることにした。


 「よしロット。ちょっと下がっててくれ。……《ウッドクリエイト》」


 俺が魔法を唱えると、手元に1mほどの黒い木の枝が出現する。

 そして更に魔法を唱える。


 「《ウッドメイク》!」


 魔法の効果で木の枝が瞬時にハンマーの形を(かたど)る。

 そして、


 「せいっ!!」


 ――ソレを思い切り振りかぶり、檻の反対側、格子窓の下を破壊する。


 「きゃっ!!」


 轟音と共に壁に穴が開き、ロットが小さな悲鳴を上げた。

 狙い通り、壁の外には大海原が広がっている。ここから脱出できそうだ。


 そう、俺のスキルは《木魔法使い》だった。戦闘用のスキルでは無かったが、ベルの修行のおかげでもはや俺のスキルは《木魔法使い》という範疇を逸脱していた。


 俺は更に先程の魔法をもう1度唱える。

 作り出したのは不揃いな形の丸太を繋げただけの簡素なイカダ。

 数秒で作った手抜き工作なのですぐ壊れるだろうがまぁその時には直せばいい。


 俺はイカダを外に蹴り出しベルを起こす


 「ベル! 帰るぞ!」

 「うん? ふわぁ〜〜 ちっ」


 寝起きで機嫌が悪いのか、あくびからの舌打ちコンボを決めたベルがのそのそと立ち上がる。


 「よし。飛び降りるぞ、ロット」

 「え、怖いです! 無理です!」

 「大丈夫大丈夫! そぉれ!」

 「キャアアアアアッッッ!!」


 ロットの体をぎゅっと抱いて眼下のイカダへと飛び込む。続いてベルもぴょんっと飛び込む。


 どすっ!


 「ひ、ひぃぃ……」


 ほい、無事に着地成功。ロットは腰が抜けたようでペタンと小舟に座り込んでいた。

 明るい場所で見ると改めてロットの素朴な可愛らしさにドキドキする。

 ダメだ。ババァばっかり見ている俺にその上目遣いは刺激が強い。


 「な、何の音だ、って、うわああ!! 奴隷に逃げられたぁああっ!!」

「そんな馬鹿な。あの分厚い檻が簡単に破られるわけ……って、うおおおっ!? 船に穴がぁ!」


 奴隷船の方から声が聞こえてくる。どうやらバレたらしい。


 「シュウロ、そろそろ暴れてもいいかい?」

 「あぁ、後は好きにやっていいよ」


 俺が最後まで言うよりも早くベルが綺麗なフォームで海に飛び込む。

 そして奴隷船の側面にひょこっと顔を出したベルはそのまま甲板に向かってクライミングしていく。


 「あ、あのおばあさん、大丈夫なんですか? たった一人で丸腰なんですけど……」

 「大丈夫大丈夫」


 俺の予想通り、甲板にベルが乗り込んで数秒経つとすぐに変化は訪れた。

 

 「――うぐおあああぁあッッッ」

 「どうしたんだってんぐぁあぁああっ!!」

 「なんなんだこのババァ「誰がババァだいッ!!」アアアアアッッッ!!」


 うん、元気よく暴れているようだ。もうこの阿鼻叫喚も聞きなれた。

 恐怖からかロットは耳を抑えて放心しているが、船上はすぐに静かになった。


 「おい、ガキ共! 帰るよ!」


 ベルが船縁から顔を出した。

 花柄のシャツは返り血に染まっている。


 「ひぇ……」


 ロットが恐怖なのか感嘆なのか呆れなのか分からない声を漏らす。


 当然の反応だ。《剣士》スキル持ちのはずなのに素手で無双しちゃうんだもんなぁ、あの人。

 救助任務だからって二人で来る必要はなかったかもしれない。


 さて、任務も完了した事だしそろそろ次に移るか。


 俺は懐から水筒を取り出し、ロットにそれを手渡す。


 「ずっと捕まってて喉も乾いたろ。ほら、水だ」

 「あ、ありがとうございます……!」


 ゴクゴクと、何も躊躇わずに水を飲み干すロット。


 「ぷは……、何度もありがとうございます。このご恩は……わす……れ、ま……」

 「おっと」


 力が抜けて倒れるロットを支える。


 《ファントムサーカス》は秘密組織。目撃者に存在を知られるわけにはいかない。

 だから時にはこうやって薬を盛る。彼女に使った睡眠薬は強力で、飲めばその前の記憶は軽く吹き飛ぶ。


 目が覚めた頃には夢から覚めたような感覚になるだろう。


 で、


 「……何で黙ってるのさベル」

 「いや、お前も思春期だしその子にやらしい事をしないか見張ってたんたけど、しないのかい?」

 「しないっての!」


 まだまだ元気なお婆さんだ。


 その後俺達はロットを街へ送り、任務は何事も無く終わった。

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