1話 俺のスキルは
「はぁっ、はぁっ……!」
薄暗い森の中を一人の少年が駆けていく。彼の名はシュウロ。年齢は十歳、緑髪の普通の少年だ。
――いや、普通の少年だった。と言うのが適切だろう。何故なら――
「おい! 見つけたか!?」
「駄目だ! だが足跡がある、こっちで間違いない!」
「ただの少年と侮るな! 奴は人間に化けた魔王だ! 絶対にここで殺せ!」
彼は追われていた。
魔物でも魔族でもなく、同族である人間に追われていた。
(何で僕がこんな目に会わなくちゃいけないんだ!)
シュウロは心の中で文句を垂れながらも足を早める。休憩している暇はない。なにせ捕まったら殺されるのだから。
「あぅっ!」
木の根につまづいて転ぶ。が、限界を超えた体に鞭打ってすぐに逃走を再開する。
この状況を招いた原因、それは彼の左手の甲にあった。
そこに刻まれているのは『魔王の刻印』。
かつて世界を恐怖に陥れた魔王が刻んでいたと言われている紋章で、所有者を魔王と証明する証である。
◇◆◇
「シュウロにいちゃん! 起きて!」
「ぐえっ」
腹に強い衝撃を受けてシュウロは目を覚ました。見れば自分の体に誰かが乗っている。
妹のルミアだ。
「なぁ、ルミアも大きくなったんだからこの起こし方はやめてくれないか……」
「にいちゃんが起きないのが悪いんだもーん。ほら、今日は大事な日なんでしょ?」
妹に言われて思い出す。
そうだ、今日は「祝福の日」だ。十歳になった子供が天からスキルを授かるおめでたい日。
「兄ちゃんはどっちのスキルかなぁ」
「そりゃ《剣士》に決まってる。僕は冒険者になるんだから」
シュウロはいつまでも自分の上に乗る妹に降りるよう促し、身支度を整えて家を出る。
空は快晴。記念日に相応しいいい天気だ。
家の前では父、ラルフが仕事に励んでいた。
「おとうさーん! にいちゃん起こしてきたよ〜」
「おぉ、やっと起きたか。ねぼすけ!」
「おはよう父さん。朝から家具作り?」
「あぁ、隣のおばさんが揺り椅子が欲しいと言ってきてな。せいっ、“ウッドウリエイト”!」
ラルフが魔法を唱えるとその手に綺麗な木材が現れる。彼のスキル、《木魔法使い》の力だ。
ラルフはこのスキルを活かして家具店を経営していた。
「今日は「祝福の日」だ。お前も《木魔法使い》を授かってくれれば仕事が楽になるんだが……」
「いや、僕は《剣士》がいいね。母さんみたいな冒険者になるんだから」
天から授かるスキルは遺伝によるものが殆どだ。つまりシュウロの場合は父の《木魔法使い》か母の《剣士》のどちらかという事になる。
ちなみに《剣士》のスキルを持っていなくても剣は振れる。だが、スキル持ちならば普通は持てないような重たい剣でも軽々と扱えるようになるらしい。
「ははっ、まぁ《剣士》だったなら冒険者にでもなんでもなればいいさ! 母さんもきっと喜ぶしな!」
「……そうだね、ありがとう。じゃ、行ってきます!」
父に別れを告げ、シュウロはルミアと村の広場に向かった。
ここ、ミルズ村はナイトベルク国領の辺境にある小さな村である。
人口は少なく観光名所も強いて言うなら「祝福の日」に使われる祭壇があるくらい。
そのせいで周りの街からは「さびしい村」というレッテルを貼られている。
が、それも今日は例外だ。何せ今日は一年に一度の「祝福の日」。ミルズ村だけではなく、様々な街からスキルを授かるために子供達がやってくるのだ。
この日だけはこの村も都会のような活気を見せる。
シュウロが祭壇を見ると丁度一人の少年が神官にスキルを授かっている所だった。
「トーマス・リードマン。お主に発現したのは『火魔法使い』じゃ。おめでとう」
「いよっしゃぁ! これで冒険者になれるぜ!」
トーマスと呼ばれた少年が家族と抱き合う。どうやら目当てのスキルを引き当てられたらしい。全く知らない赤の他人でもあれだけ喜ばれるとこちらも嬉しくなる。
「にいちゃん、向こうでもやってるよ!」
ルミアが指さした方を見ると他の子供が別の神官にスキルを授かっていた。子供の人数が多いので今年の神官は五人体制らしい。
「セーナ・ニルス。君は『槍術士』だ」
「そんな……。あたし、戦いなんてしたくないのに……。うわああぁああん……」
「落ち込む事はない。スキルを使わない生き方なんていくらでもある。君にしかできない事もきっと見つかるさ」
「……ぐすっ……、はい……」
あちらは地獄のような雰囲気だ。目当てのスキルを引き当てられなかったからってあそこまで落ち込むものなのだろうか?
「さて、他にスキルを授かる者はおらぬか? おればこちらに来るがよい」
祭壇の上の年老いた神官が告げる。が、先ほどのセーナの一件を見た者達は萎縮してしまっていた。
ならば。
「はい! 僕が行きます!」
「うむ、ではこちらに来なさい。足元には気を付けての」
シュウロが勢いよく手を上げたのに気づき、神官が彼を招く。
「よし、ルミア。行ってくる」
「頑張れにいちゃん!」
「やめろよ恥ずかしい」
ルミアの激励を受け、シュウロは神官の前に立った。
「お主の名は?」
「シュウロ・アルバレアです」
「うむ。ではシュウロ、わしの目を見て意識を集中するのじゃ。今からお主の底に眠る力を引き出すからの」
神官の言う通りに彼の目をジッと見つめるシュウロ。
やはりただの人間とは違うのだろう。見ているだけで吸い込まれそうな不思議な目だ。
「……見えたぞ。シュウロ、お主のスキルは―――、っ何だこれは……!? っぐおぉおおおっ!」
その時、異変は起こった。
突然、シュウロの体を黒い炎が包み込み、神官の体を吹き飛ばしたのだ。この場の全員の目が彼に集まる。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
もう黒い炎は何事も無かったかのように消えていた。
神官も無事なようでヨロヨロと立ち上がる。が、その表情はまさに顔面蒼白、悪魔を見るような目でシュウロを見つめていた。
「お、お主……、その手にあるのは……?」
「……手?」
言われてシュウロは自分の左手の甲に何か文字のようなものが刻まれている事に気がついた。
ソレを見てシュウロの表情も凍りつく。
――そこに刻まれていたのは「魔王の刻印」。この世界の人間なら誰でも知っている、110年前に倒された魔王が自らの力を証明するために刻んでいた紋章だった。
「こ、この男は魔王じゃ! 魔王が復活したぞおおおおっ!!」
「はぁっ!?」
神官が叫ぶ。同時に祭壇の周りはパニックに陥る。
何が起こったのか分からぬ者、
粋な演出だと勘違いし、喜ぶ者、
魔王の復活に怯え、逃げ出す者、
そして、その魔王を殺そうと得物を抜く神官達。
……このままでは、殺される。
シュウロは神官に背を向けて一目散に祭壇を駆け下りる。もちろん、逃げるためだ。話し合いの余地が無いことは直感で分かった。
「シュウロにいちゃん!!」
ルミアの叫び声も聞こえたが今はそれどころではない、人の少ない所を狙ってただ逃げる。
振り返ると神官達は剣を片手に追ってきていた。
「くそっ、何なんだよ!!」
村の近くには大きな森がある。あそこなら大人相手でも逃げ切れるだろう。