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大江戸ダイバーシティ(連載版)  作者: ジョシュア
第壱話:大江戸ダイバーシティ
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大江戸ダイバーシティ(終)

 数日後、格次郎の絡繰土竜はこの台場町に爪痕を大きく残したものの、人は変わらぬ生活を送っていた。背景には幕府と和蘭との会談が重ねて行われたようであったが、庶民にとってはどうでもいいことだった。

 風津は茶屋で団子を食べていた。台場の団子の中では上等な方だったが、風津からしてみれば外の団子の方が美味かった。食事があまりよくないのが、この台場町の欠点である。

 お茶で腹に流し込むと、視線は茶屋の看板娘に向いた。若い娘だ。腰の位置も高い。自然と視線はその腰に向いてしまう。

 なるほど、いい団子屋だ、とほくそ笑む。


「風津さん、一段と元気がないねえ」


 彼女がそう声をかけてきた。顔に下卑たものが出てなかっただけマシだとでも思おうか。

 串を置いて、風津は言う。


「そりゃあ、元気もなくなるさ。タダ働きをさせられたもんでね」


 あれから公儀から便りは何もなかった。珊を連れていったところまでは見ていたが、それからの接触は皆無である。珊の言っていた報酬なるものはついぞ支払われなかったのだ。


「まあ、それは困ったねえ。で、お代は払えるの?」

「つけといちゃあくれないかい」

「いつになったら支払えるのよ」


 そうは言いながらも彼女は皿を下げて、見送ってくれる。年末までに支払うか、逃げるかの準備をしなければならんな、と風津はぼんやりと考えていた。

 街中を歩くと、誰も彼もが風津を避けていく。赤い髪は鬼を想起させるらしい。鬼を斬る業を背負っている自分が鬼に間違われるなど、笑い話のもなりはしなかった。

 台場町の端には長屋があった。ここは居つく場所のない流れ者が多く集まる場所でもある。職人になれなかったもの、怪しい商人、主君を失った流浪人。天草との戦乱が続くいまでは、あらゆる人手を必要としているはずであるが、矢面に立つのを嫌うような者たちは戦乱から逃げていたのだった。それを賢明だとも言う者もいる。

 かく言う自分は、戦では人を斬れぬ役立たずだ。こうして魑魅魍魎を斬る仕事をしてこの地にたどり着いたが、ろくなことはなかった。

 そろそろどこかへ行こうかとも思ったが、いまさら武蔵にある家へと戻るのはごめんだ。

 がらり、と我が家の戸を開けた。


「おかえりなさいませ、でござる」


 そこには三つ指をついた娘がいた。顔を下げているが、その口調で誰かはすぐにわかった。それに見覚えのある簪もつけていた。

 数日前に壊された絡繰忍者であった。


「おめえ、生きてたのか! 報酬を払ってもらおう!」

「出会い頭の第一声が金のこととはなんとも女心のわからないやつでござるな!?」

「俺だって命を懸けてやったんだ。命があっただけ儲けもんだなんて考えで生きていけるほど甘くはねえ」


 風津がそう言うと、珊は顔をあげる。そして気まずげに視線を逸らす。

 何かやましいことがあるのだとしたら、ひとつしかない。


「まさか、払えねえって言うんじゃなかろうな」

「そのまさかでござる。知っての通り、拙者は絡繰でござる。本名を石川五右衛門。いいや、それを本名と言うかはわからないでござるが。織田信長公より授かった名は百地三太夫、それより前は百地丹波という名でござった」

「なっ、はあ?」


 素っ頓狂な声をあげてしまったが、おかしな話ではなかった。彼女は絡繰であり、鬼の力で動いている。だが伊賀忍者の祖たる百地丹波であり、且つ豊臣の時代に名を馳せた義賊の石川五右衛門と名乗り、しかも女だと言われれば、疑いたくなるのも心情というものだ。


「絡繰土竜との戦いの折に大破したものの、風津殿の剣がわずかに早く、脊髄にあった鬼核は無事でござった。しかし四肢も頭部もつぶれてしまい、その修理のために用意していた報酬も、拙者が豊臣よりくすねていた貯蓄もすべて使いきってしまったのでござる」


 しからば、と彼女は再び頭を下げた。


「拙者、この身をおぬしに捧げる覚悟で参った」


 それを意味するところがわからない風津ではない。ごくりと息を飲んだ。

 絡繰とは言え、いいや絡繰であるからこそ珊は魅力的な外見をしていた。彼女が着飾って歩けば誰もが振り向くだろう。間抜けなござる口調に耳をふさげば、なるほど。

 わずかな期待を込めて彼女を見ると、まばたきをしている間にこちらに尻を向けていた。


「胸はともかく、尻には自信があるでござるよ! 先日も見惚れておったし、先ほどの茶屋でも女の尻を追いかけているような風津殿であれば、さぞかし好物でござろう!」


 謎の自信を持って彼女は言った。その尻を眺めて、風津はため息をつく。


「い、痛いでござる! 何故叩いたでござるか!」

「るせえやい、恥じらいってもんはねえのか!」

「なにおう! 拙者がどれだけの覚悟をもって臨んでいるのかわからないでござるか!」

「知るかんなもん! いい女になって出直してこい!」


 二人はそうやって言い合いを始めた。しかしそれは、二人の知らぬ光景でもあったことを痛感してもいたのだった。



 これより語りますのは、流れ者の青年にして百鬼の討ち手風津と、公儀隠密にして絡繰仕掛けのくノ一たる珊の物語でございますれば、幕府と天草、そして南蛮諸国を巻き込む戦記でもございます。

 しかしそれと同時に、江戸が台場で起こりました小さな話でもあります。しばしのお付き合いをよろしくお願いいたします。

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