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大江戸ダイバーシティ(連載版)  作者: ジョシュア
第壱話:大江戸ダイバーシティ
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大江戸ダイバーシティ(下)

 珊が作った抜け穴は、大胆にも遊郭を真下へと貫いていたが、上手く人目が避けられていた。むしろその大胆さが、通路を通路とは思わせないでいた。穴から覗いて辺りに誰もいないのを確認すれば、どんどん深くへと潜っていく。

 最終的にたどり着いた地下には巨大な空洞が広がっていた。埋立地であるこの台場に、さらに地下を秘密裏に掘り進めるとは、この組織の強大さをうかがわせた。

 いま二人がいる梁は、その天井を支えるためのものだ。正直に言って、忍者でもなければ好き好んでこんな場所にはやってこないし、ここを都合のいい道であるかのようには言わないだろう。


「あれが永尾格次郎でござる」


 珊がそう言って、眼下をのぞかせた。

 そこにいたのは白髪混じりの老人だった。服がだらしなくほつれている。奥にあるなんらかの装置を眺めながら、あれこれと指示を飛ばしていた。永尾格次郎は職人であると同時に、この工房の頭でもあるのだろう。

 そしてその胸元に見えるのは十字架であった。伴天連バテレンの者であり、それはこの国では天草の手の者とみなされ敵視されていた。九州を一国とし占領する彼らと戦争がずっと続いているからだ。

 一方で風津は、目の前にある珊の尻に目が惹かれていた。ううむ、これはなかなか。


「見よ、あれが奴らの切り札である鬼の絡繰、絡繰甲冑よ」


 風津は再び下へと視線を落とすと、そこには鎧兜を纏った人形があった。動く気配はまったくない。もし人であれば、微動だにしない、というのは至難だ。

 そして人形であるからこそ、彼らがどの程度の実力を持っているのかはわからなかった。武の道を歩む者は一挙一足にそれが表れるのだが、絡繰である彼らには通用しないようだった。

 永尾格次郎の怒号が飛ぶ。


「気をつけて扱え! 鬼核きかくを乱暴に扱えば、中の鬼がお前らを喰らうぞ!」


 運び出されている石は、内側から光を漏らしていた。それこそが鬼だ、と風津は思った。

 鬼とは決して、角が生えた異形の者を言うわけではない。

 この世への執着や、黄泉の気などの陰気に毒され魂のことを言う。一般に知られる鬼などはそれが姿形をとったものでしかない。古くはおぬと呼ばれていたそれらは本来、目には見えず空気と同じようにあるのだ。形になるものはすでに脅威なのである。

 あの光る石を鬼核と呼んでいた。あれが鬼の絡繰の動力源なのだろう。

 しかし奇妙であった。鬼を石ころに封じ込めているのも奇妙だったが、その石ころは、絡繰甲冑へと組み込むには大きすぎるように思えたのだ。


「あいつら、まさかとんでもなくでかい兵器を作ってるわけではあるめえな」

「そのとおりでござる。奴らは巨大絡繰によって、江戸を破壊しようと目論んでおるでござる」


 永尾格次郎の指示に従って鬼核を運び入れている者たちが向かう先には、全貌の見えない巨大な装置があった。あれさえも絡繰であると思うと、ぞっとしない。


「そもそもいまここで作られている絡繰は、南蛮の技術である業零武ゴーレムの流用してるでござる。元は南蛮における〈力ある文字〉を使っているようだが、日ノ本では鬼をその代用としているようでござる」

「まさか、ここのところ鬼がめっきり減ったのは」

「奴らが集めているに違いないでござる」


 なるほど、と風津は頷いた。鬼がいなくなるのはまあいい。しかしそれらが利用され、兵器として使われているというのは、いい気がしない。それに自分の仕事がなくなってしまう。

 風津は刀を構える。鬼であれば、斬ることができる。その意思を示した。

 視界の端に何かが映った。大きな義眼がこちらを向いている。その眼がついているのは蜘蛛の背であった。人の子ほどもある大きさの蜘蛛の形をした絡繰だった。

 じりりり、とけたたましく音が鳴った。


「何者だ!」


 下から声がする。視線が集まってきているのを感じた。目の前にある尻に向かって風津は声をかけた。


「気づかれたぞ、どうすんだ!?」

「決まっておろう、飛び込むまで!」


 忍者と思えぬほどの豪快さで敵陣中央へと降り立つ珊に呆気にとられる。

 珊は腰から刀を抜いて、永尾格次郎へと突っ込んでいく。その動きはまさに疾風のごとし。

 しかしそれに応じたのは鬼の絡繰甲冑であった。永尾格次郎を常に守るように設定されているのか、珊の刀を片腕で受け止めた。

 刃を噛むような構造になっている腕に刀が突き刺さる。珊はとっさの判断で刀を離し、後ろへ退いていく。

 その絡繰甲冑の直上に風津は飛んだ。空中で抜刀しながら、縦に一振り。光が弾けた。絡繰甲冑には傷ひとつつかず、糸が切れたかのように倒れた。

 鬼のみを斬る一閃であった。風津は絡繰甲冑の中に仕込まれている鬼核に狙いをつけ、中に封じられた鬼のみを斬ったのだった。

 一瞬の出来事であり、その太刀筋は誰の眼にも捉えることはできなかった。

 武を歩む者であれば、それはもはや神業にたとえられよう、恐るべき抜刀術である。

 持っている刀もまた、特徴的であった。元は古い大太刀であろう巌物造りである刀は、半ばで折れていた。本来ならばさらなる長さを誇っていた馬上で扱うものであるが、奇しくも打刀ほどの長さになっており、取り回しはよさそうであった。


「むう、甲冑に傷ひとつつけず斬りつける剣術、只者ではないな。妖しい者よ、そしてくノ一め、公儀隠密か。この格次郎の野望を邪魔しにきたな」

「うるせえなあ、俺はイラついてるんだ、とっとと捕まりやがれ!」


 格次郎の言葉を聞きながら、風津は叫んだ。再び抜刀の構えで、周囲を見渡す。

 絡繰甲冑の数々が二人を取り囲んだ。なるほど、鬼より厄介であると風津は踏んでいた。鬼は目的のためならば形振り構わずに戦うものであったが、この絡繰甲冑は戦いの術理を知る者であった。そのように仕込んだ者がいるのだろう。

 珊もまた余裕の様子であった。汗ひとつ流さず、涼しげな様子で敵を見ている。


「永尾様、準備が整いました!」


 声があがった。巨大な装置を仕上げた職人の一人からだった。格次郎は頷くと、声をあげた。


「では、起動させよ!」


 その言葉を合図に、装置は大きく振動し始めた。がたがた、とけたたましい音をたてると、それは動き出す。

 格次郎はその装置へと乗り込んでいった。この鬼の絡繰甲冑と違い、人の力によって制御する必要があるのだろう。風津と珊が追おうとするが、絡繰甲冑たちに遮られる。

 幕がとられて、装置の正体が露わになった。

 円錐の角の生えた獣のようであった。頭でっかちで、角がその姿の半分を占めている。手足にあたる部分は折りたたまれて、歯車によって布を回し車輪がわりに駆動するようだ。


「これぞこの永尾格次郎が宿願の形、絡繰土竜よ! 名付けて怒利竜ドリル往転オコロ! これにて江戸城を粉砕せしめ、切支丹による平等の世を造り上げようぞ!」

「なんて面妖な! 絡繰とはなんでもありか!」

「そ、それは偏見でござる! あんな珍妙なものばかりではござらぬ!」


 風津と珊が声をあげる。あまりのことに呆気にとられていたが、事態はそれどころではない。珊が思っていた以上に開発は進んでいたのだ。



     *      *      *




「行けぃ、貫けぃ!」


 格次郎はそう言って、絡繰土竜を操縦した。円錐の角が回転を始める。すると一目散に風津の珊の元へ突っ込んできたではないか。

 二人は慌てて飛びのいて、間一髪で避けるも風圧に煽られて態勢を崩した。それは隙であったが、格次郎の目的ではなかったのだろう。彼の絡繰土竜はその角を壁へと突き刺した。

 巻き込まれた絡繰甲冑たちが粉砕されたのは僥倖ではあったが、絡繰土竜のありあまる威力をも証明していた。


「まずい、外へ出るつもりでござるか!」


 珊の言葉に風津は同意した。ただの絡繰ならいざしらず、あの絡繰土竜もまた鬼核を積んでいるのだ。性質はともかく巨大な力の塊たる鬼を使っていれば、できないことなどほとんどないと言っていいだろう。

 それを知るからこそ、風津は鬼の力を用いた絡繰甲冑や絡繰土竜を恐るべき敵と定めていた。


「鬼の力はとんでもねえもんだ。そいつを悪用しようってのはわからんでもないが、直接に江戸を狙おうなんざいい度胸をしている。頭が飛んでるって言ってもいい」

「であれば、文字通りその頭を飛ばしに参るまででござるよ」


 二人は駆動する絡繰土竜へと近づこうとするも、凄まじい馬力で地面を掘る絡繰土竜が撒き散らす土に押しとどめられる。これでは、絡繰土竜が地上に出るまで手のつけようがない。

 それでも気が逸る珊は飛んでくる土を掻き分けてでも絡繰土竜へと駆けようとした。風津はそれを押しとどめる。


「おいおい、珊、嫁入り前の娘が土遊びなんかしちゃいけねえよ」

「いらぬ心配をしないでほしいでござる!」


 憤慨する珊であったが、風津は聞く耳を持たなかった。それよりも、絡繰土竜よりも先に地上へ向かうことが先決であった。


「だが、地上に出ればあの土竜だってただじゃ済まねえよ。ここがなんで台場って呼ばれてるか知ってるか? その通り、大砲を横に並べてるわけだが、それは内側に向けてるものもある。この街で南蛮の輩が悪さをしようもんなら、街ごと沈めちまう覚悟があるってこった」


 学問や技術の発展を願い作られた埋立地であったが、一方で反乱の芽が育つことや、切支丹たちが新たに生まれることも恐れていた幕府の者たちは、この島を取り囲むように防壁を立てて、その上に大砲を並べたのだった。

 葡萄牙と手を組んだ天草衆の勢いと技術は、それだけのものだったのである。

 ゆえに、この地は台場と呼ばれるようになった。

 そうこう言っている間に、二人は地上へと飛び出す。屋根の上に登ると同時、絡繰土竜は地上に大きな穴を開けて現れた。遊郭の一角を粉砕して通りに出たそれは、思った以上に機敏な動きを見せる。小回りを披露し、まっすぐ幕府へとその角を向けた。


「いざ参らん、憎き江戸城へ!」


 そんな格次郎の声が聞こえた。怪しげな光を漏らして駆動する絡繰土竜は、地上にあって恐るべき性能を発揮する。速度をあげれば、馬もかくやという速さで直進を始めたのだった。


「なっ、あれじゃあ大砲も当たらねえどころか、防壁の奴らが気づいた頃には台場を抜けちまうぜ!? 台場の門だってあの角にかかれば一撃にちげえねえ」

「なんとしても止めねばならぬ!」


 そう言って珊は屋根の上を駆ける。風津はそれを追いかけた。

 絡繰土竜の速さも相当のものであったが、追う二人の脚も尋常ではなかった。何よりも珊は速い。さすがはくノ一と他の者であれば褒め称えるであろうが、風津は違った。

 自身の身体能力について自負があるからこそ、その上を行く珊に違和感を覚える。上忍にすら劣らぬはずの自分が、たかが女の忍びに及ばないはずがない。

 そうこうしているうちに、絡繰土竜へと追いつく。まず珊はどこに隠し持っていたのか、焙烙ほうろく火矢に火をつけて投げつける。

 大きな音をたてて爆発が起こった。戦乱の時は人ではなく船に対する攻撃に用いられた兵器である。相応の威力があるはずだが、絡繰土竜はびくともしなかった。

 次に繰り出したのは、鋼糸だった。印を結ぶかのような動作で鋼糸を網のように編み上げ、絡繰土竜に投げる。見事な忍術だ。鬼道も交えているのか、強度が格段に上がっている。

 動きがわずかに止まったかに見えたがしかし、絡繰土竜は止まる気配を見せなかった。

 大きな門が見えた。台場門である。あの門の向こうにある虹橋を抜ければ江戸城まで一直線だ。もはや猶予は残されていない。


「風津殿、絡繰土竜の鬼核は斬れるでござるか!?」

「いいや駄目だ、俺のが脚は速いが、剣を振るうとなりゃあわずかに足らん! だが、さっきの鋼糸で足止めしてもらえりゃあなんとかなる!」

「委細承知! でござる!」


 珊はそう言うと、鋼糸を四方八方に散らしながら跳んだ。何をするつもりだ、と問うまでもない。自身を中心に蜘蛛の巣のように鋼糸を張り巡らせ、絡繰土竜を止めるつもりなのだ。……その身を呈して。

 鋼糸は地面や家屋に突き刺さる。それさえも鬼道が張り巡らされているのが風津の目には見えた。

 絡繰土竜の回転角に珊は巻き込まれる。しかし彼女は地面に脚を突き踏ん張っていた。

 果たして、大きな音を立てて、絡繰土竜は止まった。珊の網にかかったのだ。

 しかしいかに網が強固であっても、鋼糸をとめている家屋までが頑丈になるわけではない。絡繰土竜の馬力を考えれば、すぐに決壊するのが目に見えていた。

 わずか一瞬の隙を、風津は逃さない。

 刀を振りかざせば、時が緩慢に感じられた。目を鋭くする。絡繰土竜の鬼核が見えた。流れるような動きで、縦一文字に刀を振り抜く。

 厚い装甲の上からでも、風津の剣は鬼を斬ることができた。

 鬼とはすなわちこの世への執着、遺恨を抱えた魂の類である。生命力という、魂をこの世に繋ぎとめる力を遺志で代替しているのだ。それは細い線であり、他者から生命力を奪うことなしには保てないものであった。

 それゆえに鬼は他者を様々な方法で襲い、強大な力を持つことが必要となるのだ。力の集積体となった鬼を利用している鬼核もまた同様だ。

 それを断つのが風津の剣術『楢威ならい流』であった。

 そして折れた刀の銘は獅子丸と言い、過去に鬼と戦った勇士が手にした刀であるという。不可視の刃は鬼だけを切り裂くものだ。

 風津が地面に降り立つと同時に、絡繰土竜は停止した。すんとも言わなくなり、完全に鬼核を絶ったことを確認できた。

 刀を納めると、風津は珊の元へと駆け寄った。絡繰土竜の前へと出ると、そこには悲惨な姿となった珊がいた。

 鋼糸に引っ張られた腕と脚は外れてしまっている。身体の内側が漏れていた。瞳からは光が失われており、顔にかかる髪が人形じみていて哀しさを誘った。

 珊は絡繰であった。肉付きは人に似せた何かである。内容物は決して内臓ではない。鋼糸が無数に編み込まれた綱であった。もはやどのようにして作られたのかさえわからなかった。

 絡繰土竜の回転角に巻き込まれて形が残っているだけ、優れた職人が作ったのだろうということは理解できる。

 口が開閉する。彼女の持っていた柔らかさはどこかへ行ってしまった。


「風津……殿?」

「なんだ、起きてたのか」

「何も見えないでござるよ……どうなったのか、教えてもらえなかろうか」

「おめえは絡繰土竜を止めて、俺が一刀両断よ。役目をおめえは果たした。安心しろ」

「耳もあまり聞こえなく……風津殿、どこにいるでござるか」


 風津は黙って、鋼糸でかろうじて繋がっている珊の右手を握った。すると彼女は、ふっと微笑んで目を閉じる。満足したのだろうか。その最期まで、彼女は自分がどうなっているのか気づいていないのかもしれない。


「まったく、嫁入り前の娘が、こんなぼろぼろになるもんじゃあねえぜ」


 それだけ言うと、珊を抱え上げるべく手を脇へと入れた。公儀隠密が片付けるだろうが、それまでどこかへ寝かせておきたかったのだ。

 が、そこへ何かが割れる音がした。外れて転がっていた珊の左手を誰かが踏んで壊したのだ。

 顔をあげれば、そこには顔を怒りに染めた永尾格次郎がいた。ぐりぐりと念入りに珊の手を潰す。


「おのれ、絡繰風情が、我が悲願を邪魔しおって! 天草様にどのようにして顔向けすればいいと言うのだ!」


 そのように憤る格次郎を、風津は冷めた目で見る。ゆっくりと近づき、刀の柄に手をかけた。すると格次郎は虚ろな笑みを浮かべる。


「私を斬るか。侍とて所詮は好んで人斬りをする者よ。我らの願いにそぐわぬ者だ。刀を振るえる、握れるだけで人の上に立ったつもりか」

「俺は……人を斬る剣は持たない」


 そう言って、柄で殴りつけた。格次郎は間抜けな顔を晒して倒れる。

 騒ぎを聞きつけて、たくさんの人が駆けつけてきた。絡繰土竜に集るようであった。風津は珊を抱えてその場を離れる。

 大勢の人がいるにも関わらず、風津は孤独であるように感じられた。

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