黄金の天秤
林が日毎に生気を帯びてくる春先の四月に行われた魔術学院のテンプレな入学式を終えた俺達一年生諸君は流れるが如くそれぞれの教室に案内され、この学院のルールを担任から教わっていた。
これからの1年間の授業の流れだとか、この学院は全寮制で特例を除いて学院外に出ることは出来ないだとか、そんな事だ。
他愛もない話、というのには少しばかり重要な話であったが、ある程度知識を得ていた俺にとってはやっぱり他愛もない話なわけで。
これからの学院生活に思いを馳せていた俺は担任の話を人事のように聞いていた。
一通り生徒達に説明をし、後でこいつでも見て確認しとけとのニュアンスを言外に込めた言葉を発した担任は、要旨を纏めたようなプリントを生徒に配り終え、満足げに頷きながら自己紹介をしようと言い出した。
再度言っておくが、この学院では入学してから半年で魔力の操作を学び、後の2年半は個人的に得意な属性のみの講義を受けるというシステムとなっている。
よって今形成されているAクラス――魔力効率の比較的高い者が集められたこのクラスも半年後には解散、それぞれの道を歩むこととなる。
半年しか面を合わせないのだから自己紹介なんて別しなくてもいいのではないか、でも1年でも半年でもそんな変わらないか、という矛盾めいたことを考えながら呆然と他人の自己紹介を聞くこと数分、抗うことの出来ない流れによって順番が俺に回ってくる。
特にこういうのには抵抗のないが、あまりはっちゃけるキャラでもない俺は、特に何の面白みもない、シンプルイズベストという言葉が非常に似合うような自己紹介をやってのけた。
この時点で学院祭は後3ヶ月という、長くもないが短くも感じられない時間がある。
ここで少し俺の友人を紹介しておこう。
この友人とは半年に留まらず、長い間共に過ごすことになることを最初に言っておく。
友人の名はマナリ・ディアブロ。
自己紹介で、「私は魔法と友達になります」という発言を何の羞恥心も顔に表さず言ってのける程魔法全般に感して俺の数倍ほどの知的好奇心を持っており、それとは裏腹に常に眠そうな顔をしているのが特徴だ。
というか授業中以外はよく寝ている。
隣にいる俺をも眠気に誘う彼女の寝顔には、コイツは何か催眠魔法でも使っているのでないかと錯覚してしまうのはいつもの事だ。
そんな彼女と俺が友達になった経緯というのは、彼女が授業の間にある休み時間を使っていつも通り寝ていた時のこと。
先程言った通り、マナリの隣の席にいた俺はそれとなく、ただ何となく話しかけていた。
入学してからまだ2週間しか経っていない時のことだった。
「なあ、なんでそんなに寝てるんだ?」
どうやらガチ寝していた訳ではないらしく、俺の言葉に反応して机に突っ伏していた顔をゆるりと上げた。
鮮やかな緑色の髪は肩に掛かるくらいの長さがあり、先がクルッとなっていて――これがいわゆるミディアムというやつだろうか――長めの前髪から大きな双眸が見てとれた。
無論その目に映し出されているのは俺だろう。
マナリは目にかかっている少し長めに切られている前髪を薬指を使ってはらい、ハッキリと俺にその顔を見せた。
結構可愛い顔をしているな、というのはその時の俺の正直な感想である。
顔を見たのは別に初めてでは無いのだが、やはり可愛い顔をしているなと改めて思ったわけである。
「何でだと思う?」
それを俺は訊いているんじゃないかとは思ったが、勿論俺はその気持ちを言葉にすることなく彼女の目を見て考えた。
そして俺は一つの答えに辿り着く。
合っているか否かは置いといて。
「授業に集中するため?」
「違う」
じゃあ分からん。
今まで他人との関わりを持たなかったマナリの人間性などわかるわけもなく、よって俺はマナリが何を考えているかもわかるわけない。
「まあこの答えはまたいつかね。それよりもよく私なんかに話しかけてきたね」
答えないんかいという俺の無念な感情を知ってか知らずか、マナリは悪戯っぽく笑いながら俺の顔を覗いている。
コイツも笑うのかという失礼極まりないことを考えつつ、何故俺は彼女に話しかけたのだろうかと思った。
なんとなく気になったと言えばそこまでである。
「なんというか、気になったから……?」
「そうなんだ」
そういったきり、マナリはまた自分の世界へ旅立って行った、もとい寝始めた。
その日を境に、俺はマナリと少なからず言葉を交わすようになった。
少しずつ、向日葵の新芽が徐々に成長していくように俺とマナリの友情は学院祭までに成長し、黄色く輝く花を咲かせたわけである。
マナリ曰く、「友人とは自分の信頼に足りる人間で、本当にその人のことを大切に思っていなければそれは友人ではない」
友人について厳しい定義を持っているマナリにとって俺は友人であるということを聞いた時は非常に嬉しく思ったものだ。
かつて人類史上初めて南極点に到達したロアール・アムンセンが南極到達を達成した時に感じた喜びとそこまで遜色はなかったのではないだろうか。
ちなみに俺にはマナリ以外にもクラス内に多くの友人がいるが、マナリの定義にのっとればそれらの殆どは友人でないことになってしまうことはさておき、学院内で様々な騒動が起きながらも――尤もそれらの騒動の大半は俺の所為によるものだが――学院祭を迎えることになる。
ここの学院祭と日本で世間一般的に言われている文化祭と違うところは、クラスで店を開いたり演劇や芝居などをするのでなく、個人的にそのようなことをするとことだ。
なので学院祭で何かをやることを義務付けられているわけではないが、最低でもクラスから一つは出し物をしなければならないというルールがある。
しかしそんなルールは必要なのか?
クラス内で多くの人がいくつかのグループをなして学院祭での出し物を考えている光景を見ながらしみじみとそう思った。
「学院祭でなにかやろう」
というのは学院祭の3週間前に先生から学院祭のことを告げられた日の放課後にマナリが俺に提案してきた言葉である。
いつもアパシーシンドローム並の無気力さを振りまいているマナリがそんな事を言っているのだから、明日は雪か雷でも降るのではないだろうかと訝しみつつ、俺はマナリの誘いに快諾した。
そして今、マナリに透明な紐を付けられているように彼女の後ろを早歩きでついて行っている人物が他ならぬ俺である。
「早く行かないと場所を確保出来なくなっちゃう」とマナリが言ったかと思うと、強引に俺の手を引き教室から出て行かされたのである。
この学院祭では先程説明した通り個人的に店の開店や演劇などの見世物を行う為、場所、例えば店ならその店を開くスペース、見世物なら〇〇の場所を何時から何時まで借りるという申請を事前にしなければならない。
「なあ、なんでこんな早く行くんだ?」
「決まってるよそんな事。スペース確保」
「確かに場所取りは大事だな!それには同意するがまだ何やるか決まっていないだろう!?」
マナリは急に早足で歩いていた歩を止め、俺に振り向かった。
「スペース申請の時に伝える活動は取り敢えず適当に話しておけばいい。これは後で変えることが出来るから。活動内容を決める前にスペースを確保するのがここでの常識」
「そうか。ならお前はどこでその常識とやらを学んだんだ?」
「上級生からに決まっている」
マナリは相変わらず眠そうな顔をしながら俺の目を見た。
しかしコイツが時々見せる内に秘める行動力には目を見張るものがある。
なんというか、本当に人は見た目で決まらないものだ。
その気だるげな表情におよそ似つかわしくない行動力を俺も見習うべきなのかもな。
学院祭スペースの申請場所は案の定と言うべきか、紫と黒の制服姿に身を包んだ人で混みあっていた。
紫と黒の制服はそれぞれ2年生と3年生を意味するのだが、何故かそれとは無縁な赤色が今の1年生の学年カラーになっている。
赤と緑と青とかどう考えてもバランスが悪いだろう、もしかして入学式にみたあのハゲ学長がこのセンスの悪い学年カラーを決めたのだろうか。
そんな俺達の赤い制服を物珍しげに見る上級生の視線を浴びながら歩を進めた先にある『一年生学院祭スペース申請』の文字が書かれている受付には数えられる程度の人数しか並んでいなかった。
学院祭のことを聞いたのはついさっきのことであり、こんな短時間で学院祭で何をやるかなんて決められるとは思えないし彼らも先輩達から聞いたクチなのだろう。
と、そこに見慣れた顔があることに気がついた。
「久しぶりだな」
「あ、トウヤじゃない!久しぶり!」
見間違うハズもない、白い髪を背中に垂らした女子生徒ことアンが俺たちより先に申請所に並んでいた。
ちなみに彼女はBクラスに所属している。
アンの回りにも女子生徒がおり――おそらくアンと共に文化祭で何かをやるのだろう――彼女達はこちらを見てヒソヒソと何かを囁きあっていた。
「学院祭で何をやるかは決めて……」
「ない」
「よね」
彼女らもどうやら上級生に教えてもらったクチらしい。
ここにいる人数を見る限り、同じクラスのよしみとして他のクラスメイトに教えるような愚の骨頂はしていないようだった。
もしそんな事をしていたらいくらアンの仲間と言えども冥王星に送り込んでそのまま放置してやるつもりだったのだが。
という冗談はさておき。
アンのグループの申請が終わり、俺らの番が回ってきた。
「……はい……はい、ここの場所ですね」
「空いてますか?」
「ええ、空いています。では学生証を見せてください」
マナリは懐から学生証を出し、受付のお姉さんに見せた。
この学院の学生証は日本のそれと大きな違いはない。
強いて挙げるなら……そうだな、たまに学生証が意思を持ったように動き出すことくらいか。
そんなこんなで、もっともそんなこんなをしてたのはマナリだけだったのだが、無事学院祭の場所を確保することが出来た。
確保した場所は比較的校門に近いところで、ここなら何をやっても客の目を引けるだろう、と思える程の中々良いポジションだった。
マナリは受付にはわたあめを売るみたいなことを言っていたが、俺としては正直なところ何でも良いと思っている。
こういうのは内容云々の話ではなくて、やること自体に意味があるのだと思う。俺の持論だがな。
しかしこの学院祭、一筋縄ではいかないのだが、俺がその事を認識するのはまだ先の話になる。




