終章
「与羽、本当にありがとう。君に相談して正解だった」
乱舞の感謝は、六月初旬に確定した婚礼の儀のことを言っているのだとすぐにわかった。
「柊地司のおかげです。私の力では、年内に執り行うのは不可能でした」
謁見の間の上段に座る中州城主を見て、与羽はかしこまって答えた。正月も十五日を越え、すべての新年行事が終わった。それと同時に文官登用四次試験も。
ここは、四次試験の結果を参加者一人一人に告げる場。近くの部屋には次の受験者が控えているはずだ。
「地司に協力を仰いだのも、古狐辰海文官の提案でしたし……」
与羽はやりたいと思ったことを言うだけ。そうすれば、周りがお膳立てしてくれる。
「あまり言いたくはないが、辰海一人じゃ柊一閃の協力なんて絶対に得られない。徳じぃや絡柳でも、乱舞の秘めた気持ちにはたどり着けなかった」
そう言ったのは中州最上位の文官、古狐卯龍だ。文官準吏を目指す与羽の前には、砦から一時帰還した絡柳を含め、城主と第一位から第六位の大臣がそろっている。多くの官吏志望者が緊張で固まってしまう場面だが、与羽は姿勢を正して礼儀を示しつつも、落ち着いていた。
「あの時は、久しぶりに冷や汗をかいた……。官吏全員を敵に回した気分だったぞ……」
「卯龍があそこまでけちょんけちょんにされるのを見たのはいつぶりじゃろうな」
与羽たちが年始議で城主の婚礼の儀を提案したときを思い出したのだろう。卯龍が眉間にしわを寄せて渋い顔をすれば、月日大臣がしわしわの手を長いあごひげに当てて記憶をたどる。
「すみませんでした。ちょっと、サクラを使いました」
学問所の同期や知り合いの官吏の中でもノリが良い人々に、場を盛り上げてもらうよう頼んでいた。見返りとして、与羽が準吏になった暁には、その祝いという名目で酒をおごることになったが、必要な経費だ。
「そこまでしていたか……」
「卯龍さんの反論を完全に封殺できるよう、辰海が台本を練ってくれました」
周りの官吏を味方につけ、卯龍を孤立させる。ただし、最終決定は卯龍に委ね、彼のおかげで婚礼の儀が執り行えるのだと集まった人々に思わせた。一瞬孤立した卯龍を輪の中心に戻し、柊地司と和解させ、むしろ以前よりも仲良くなったように見せることも重要だ。
「あいつ、意外と悪知恵が働くな……。大斗の件もお前たちが手を回したのか?」
「いえ、先輩と橙条大臣が援護してくれた点は予想外でした。確かに大斗先輩には事前に乱兄の婚礼の儀を行いたい旨を相談していましたが……。私には『前科』があるので、また何かやらかすと思っていたのかもしれませんね」
与羽の前科とは、かつて与羽、辰海、絡柳の三人だけで城下町に庶民の教養を高めるための貸本屋を作る計画を立て、強硬可決した件だ。その時は反省したが、一年もたたずにまた同じようなことをしてしまった。
「あれで武官までもが婚儀に関心を持った」
城下町はいまだに城主と大斗の話で持ち切りだ。
「橙条は立場弱い人の味方だから~。耳に入ってた事実を述べただけ」
橙条大臣は何でもないことのように手をひらひら振ってみせた。名ばかり大臣と言いつつも、彼には彼なりの正義があるのだろう。
「絡柳も絶対あの場に居合わせたかったよね」
乱舞が笑いながら言う。
「当たり前だ。今後何年も語り継がれそうな場面をこの目で見ていないにもかかわらず、婚礼の儀の総責任者とか言う要職だけはちゃっかりと押し付けられたんだからな」
絡柳はむっとしている。そうやっていると年相応かそれよりも若い青年に見えた。
「ははははっ。与羽は無事文官準吏になったし、辰海君も今回の件で株を上げたし、また卯龍さんを出し抜く機会が巡ってくるって」
「勘弁してくれ」
笑う乱舞とうんざりした様子で首を横に振る卯龍。周りの大臣や与羽も明るい笑みを浮かべた。
「君の力はその人脈と心のやさしさだと思うよ」
ひとしきり笑い合ったあと、乱舞は与羽にほほえみかけた。
「わたしは立場上、試験中に提出されたすべての論文を読んでいるけれど」と、官吏登用試験の総責任者を務める漏日大臣も口を開く。
「君の提出してくれた論文は、事実をまとめて自分の考えを説明するだけでなく、それに関わる人々への言及が多くあった。実際に議論をするときに出るであろう疑問や不満に、一つ一つ丁寧に回答や対策が用意されていて、君の思いやりと思慮の深さを感じたよ」
「おぬしのがんばりはわらわも近くで良く見させてもらったし、婚儀の件はわらわからも深く礼を言いたい」
紫陽大臣は興奮のあまり頬を紅潮させ、厳格な大臣像を崩しそうになっている。
「ちょっと私情も混ざっちゃってるかもしれないけど、今回の文官登用試験の首席合格者は君だから」
「え?」
「君の仕事量と論文の内容は、それに見合ってる。大臣みんなで確認したから間違いない。官吏登用試験中に『城主の婚礼の儀を提案して即可決させました』なんて実績を作る人、前代未聞だよ。君は城主一族出身者らしい仕事をこなしたんだ。でも、ここからだよ。君にはまず、常葉に行ってもらう。絡柳と一緒に婚礼の儀に携わってもらいたいから、絡柳のいる場所にね。君と辰海君で絡柳の仕事を補佐するんだ」
「俺の了承もとらず、勝手に要職を押し付けたんだ。お前たちにはしっかりその埋め合わせをしてもらう。俺は伝統や儀式には疎いから、頼りにしているぞ」
絡柳は不満げに言いつつも、与羽や辰海に対する信頼をにじませた。
「わ、わかりました!!」
与羽の顔に笑みがこぼれた。
「本当はもっといっぱいしゃべっていたいけど、まだまだ面談しなきゃいけない人がいるから。――これを」
城主が差し出たのは飾り紐だ。銀糸がふんだんに織り込まれた紐には、子どもの手ほどの大きさをした木製の輪が吊るしてあった。文官準吏が身につける木玉。与羽は城主の前にひざまづいてそれを受け取った。意外と重い。
「中州与羽。君の働きに期待している」
「中州城主と中州国のために、全力を尽くします」
翌日、城の前に大きな掲示が張り出された。
文官登用試験通過者と題されたその名簿の先頭には、与羽の名前が力強く書かれている。城主の婚儀と姫君の試験通過。まだ年が変わったばかりにもかかわらず、良い知らせばかりだ。
『暗い気持ちが立ち込めていた中州に光が差した。この驚きと強烈な希望に人々は顔を上げ、新たな一年を刻み始めた』
蘭花十一年を記した歴史書の冒頭には、そんな物語じみた文面が刻まれたと言う。
【完】
【次ページ:作品の裏設定とか】→
続き「龍神の詩9 初夏の花嫁」→ https://ncode.syosetu.com/n1517hi/
まだまだ下書き中ですが、まとまった量が完成し次第投稿を開始しますので、ブックマークやユーザーお気に入りをしていただけると嬉しいです!
乱舞と沙羅、大斗と華奈の婚礼の儀はもちろん、与羽と辰海の関係もちょっと進展する。
そんな感じの恋愛色強めな作品になる予定です。




