一章五節
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乱舞に官吏になる許可をもらい、前回の旅で一番気にかかっていたことは何とか落ち着いた。次だ。
翌日、与羽は中州城下町へ下りていた。城主に旅の報告を行ったり、自室で物思いにふけったりすることが多かったため、なかなか城を出られなかったのだ。
胸につっかえていたものの一つに折り合いをつけられて、やっと城下を歩く精神的な余裕ができた。
まだ焼け落ちたままの家があるはずだが、大通りは戦前とほとんど変わらない。人々が行きかい、活気に満ちている。
今回の目的は、とある人物に会うこと。
与羽は大通りに面する屋敷の戸口を叩いた。
「こんにちはー」
そう声を張り上げる。
「与羽!」
その声で誰かわかった青年が、明るい声とともに戸を開けてくれた。
腰を過ぎるほど長い髪を一つに束ねた中性的な美貌を持つ青年。彼が浮かべる笑みは、とても人懐っこく、こちらまで笑顔になってしまう。
「久しぶり、比呼」
与羽は片手を挙げてみせた。
「ちょっと話、いい?」
中州に帰ってきて、いくつか言葉を交わしはしたが、まだゆっくり話せてない。
「もちろん!」
そう言って、比呼は中州城下町でも有数の敷地面積を誇る薬師本家へと与羽を招き入れた。広い土間の壁には、乾燥中の薬草が所狭しとかけられている。かまどの鍋で煮出されているのも、何かの液薬らしい。
「与羽ちゃん、いらっしゃい」
その前で火加減を見ていた二十歳過ぎの女性――凪那がにっこり笑いかけてくれる。しかし、すぐに怪訝な顔になった。
「与羽ちゃん、その髪……?」
「旅に出るときに染めたんよ。この方が他国で目立たんくてええでしょ?」
与羽は城下町に帰ってから何十回と言ってきた言葉を口にした。今では慣れすぎて、満面の笑みで言える。
「凪ちゃん。それは――?」
その笑みを崩さず、与羽は凪の作っているものを尋ねた。
「城下町の主婦に大人気! 冷えに効くお薬よ」
鍋を指さす与羽に、凪が煮出している薬を教えてくれた。
「こっちは咳止め」
そして、膝の上に置いている乳鉢の中身まで紹介してくれる。
「ごめんね。お茶を入れてあげたいけど、火加減見てないとダメだから――。今はおばあちゃんも父さんも母さんも出てるし――」
「あ、気ぃ使わんでええよ。大丈夫」
与羽が手を振って「お構いなく」と示す。
「……ちょうど、比呼と二人きりで話したかったし」
声をころしてそう付け足す。凪が首を傾げた。与羽が急に纏った深刻な雰囲気に気付いて、比呼も陽気な笑みを引っ込めて、真剣な顔になる。
「……わかった」
比呼がうなずいて、動作で与羽を奥の部屋へ招く。
「気負わず、ゆっくりしていってね」
凪のそんな言葉を背に、与羽は比呼について行った。