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七章五節


  * * *


 三日目の年始議ねんしぎの話題は中州北部に固まっている。銀山の銀採掘予定量や造幣量、銀工町ぎんくまちでの交易など。


 初日の議題が街道や河川整備などの土木中心。二日目が、昨年の米をはじめとする主要農作物の収穫量報告。また、各地の農地の状況と占いによって今年の収穫量の予想も行う。昨年末に徴収された年貢がそのまま、中州国の来年度予算に加えられるので、それで足りない分を補うためにどれくらいの銀採掘と輸出が必要になるか決定するのが、三日目の主旨だ。外国との交易は与羽ようが官吏登用試験の課題として取り上げたうちの一つでもあるので、非常に楽しみだ。


 しばらくは財政をつかさどる月日系官吏が国内に流通する貨幣と外貨の報告を行い、発行が必要になる銀子の一覧表を提示する。中州で使われる貨幣はすべて銀山地区で発行されているので、そこの代表者を務めるひいらぎ地司が必要な銀の採掘量を報告し、城主や大臣に承認をもらう。


「……事前に打合せた採掘量から増えてないか」


 柊地司の提出した見積もりに真っ先にそう意見したのは、国官の頂点――古狐卯龍ふるぎつね うりゅう文官一位だ。龍の血を継ぐ柊一閃(いっせん)に意見できる数少ない存在だと自負しているのだろう。率先して問題点をついた。


「さすがに卯龍は良く気づくなぁ」


 柊地司はあえて陽気に答えている。


「何を企んでいる? 一閃」


 対する卯龍は、眉間にしわを寄せ警戒心をあらわにしていた。その灰桜色の目を見て、柊地司は肩をすくめてみせた。


「それは、俺より姫君の方がよく知っとる。なぁ? 与羽」


 計画通りに話題が与羽に振られた。一の間の上級官吏はもちろん、二の間三の間、屋外にいる人々までもが城主の隣に座る与羽に視線を向ける。


「以前から、ずっと行うべきだと思っていた行事があり、それをもよおすための資金確保を柊地司に頼みました」


 与羽は一人一人の顔を見渡しながら、ゆっくりとそう告げた。彼女の良く響く声は、突然のことにざわついた人々の間を抜け、最後列で人垣の整理をする使用人にまで聞こえているはずだ。


「それは、なんだ?」


 与羽が卯龍に小さく目配せすると、彼女の意図を察してそう尋ねてくれた。ただし、彼の警戒は解けていない。与羽と柊地司が何を企んでいるのか、厳しく見極めようとしている。


「…………」


 その問いに、与羽は一呼吸の間を取った。その間に、隣に座る兄を見る。


「私は、中州国の姫として、兄であり中州城主――乱舞らんぶの婚礼の儀を執り行うことを提案します!」


 先ほどよりもさらに大きな声で、与羽はそう告げた。


 予想外の言葉に驚き放心する官吏が多い中で、仕掛け人の一人である柊地司が大きな拍手をしている。それに吊られるように、状況が呑み込めない人々も手を叩く。そして次第に城主の婚礼というめでたい行事を理解して、さらに拍手が大きくなった。


 それに焦りを見せたのは卯龍だ。


「静粛に!!!」


 彼の怒声が響き分かった。一気に場の空気が張り詰める。


「姫様、柊地司、城主の婚儀は国官の仕事だ。勝手に決めてもらっては困る」


 静まり返った謁見の間の空気を、卯龍の低い声だけが震わせていく。


「卯龍さんは反対ですか?」


 その場に膝立ちした卯龍に、与羽はゆっくりと問いかけた。その口調は場の緊張とは対照的に、穏やかでやわらかい。


「反対はしない。だが、時期尚早に感じる。今は戦のあとだ。財政的にも人心的にも今は、早い」


「おいおい。俺の前で財政を語るんかぁ? 銀山が毎年どれだけ余力を残しながら銀採掘をしとるか知らんわけじゃなかろうに。最近は銀や宝石の加工技術もあがって、他国から仕入れたクズ銀や原石を仕入れ値の何倍もの価値で売れるようにもなった。乱舞の婚礼資金くらいいくらでも沸かしちゃるわ。人心を語るなら、さっきの拍手を聞いたじゃろ? この場の多くは賛成らしいぞ」


 柊地司はあえて挑発するような言い方をしている。第一位の大臣と銀山地司の間に流れる不穏な空気に、あたりが少しざわついた。しかし、これは計画通り。


「柊地司、口が悪すぎます」


 与羽が物おじせず柊地司を注意することで、さらに与羽の株が上がる算段だ。


「卯龍さん、勝手なことをして申し訳ありません。でも、私は早く乱兄には幸せになってほしくて……」


「卯龍、わらわからも頼めんか?」


 自分の娘の婚儀がかかっている紫陽しよう大臣もそう懇願した。


「婚約状態の城主が婚礼の儀を挙げるまで、結婚は控えようって考えてる若手官吏、結構多いみたいなんだよなぁ」


 意外なことに「中州の名ばかり大臣」こと橙条利桜とうじょう りおう大臣も与羽の援護をしてくれた。それにうなずく官吏の姿も見える。


「そうだそうだー!」と下座からヤジを飛ばしたのは誰だろう。張り詰めた空気が緩むのを感じた。


翔舞しょうぶならこんなめでたい祭りごと、絶対反対しとらんぞ」


 柊地司はさらに追い打ちをかける。今は亡き先代城主という卯龍最大の弱点を持ち出して。


「『なぁ? お前もそう思うじゃろ? 卯龍』」


 最後の言葉は生前の翔舞の声色をまねていた。口の端を釣り上げて意地の悪い笑みを浮かべている。面差しは似ていないが、雰囲気は近いものがある。卯龍の目が揺れた。


「卯龍さん……、僕からも――」


 そして、乱舞自身も自分の願いを口にする。


「はぁ……」


 卯龍は大きく息をついて、その場に座りなおした。


「その通りだな。俺は慎重になりすぎた。与羽、一閃。提案感謝する」


「ありがとうございます! 卯龍さん」


 与羽は感謝の言葉とともに上段の間をおり、その手を取った。


「感謝する。助かった。本当に」


 柊地司も立ち上がって卯龍に歩み寄り、その太い腕を卯龍の首に回した。その様子は戦いを経てお互いを深く理解しあった盟友に見えるだろう。卯龍の周りには城主の婚儀に関係するであろう人々が集まり、口々にその決定に礼を述べている。

 外野からも喜びなのか冷やかしなのか、歓声や指笛、拍手が鳴り響いた。先ほどまで漂っていた緊迫感が嘘のように、官吏全体が新たにできた目標を明るく歓迎している。


「国官の団結力は素晴らしいなぁ! なぁ? 卯龍!!」


 柊地司は嬉しそうにそう声を上げている。


「当たり前だ」


 卯龍はいまだに抱擁している彼の背を仲睦まじい様子で軽く叩いてみせた。古狐と柊の仲がさほど良くないことを知っている官吏たちは、その姿を驚きの目で見ている。城主の婚礼は犬猿の上級官同士の仲さえ取り持つのかと。

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