七章四節
「まずは、責任者を据えよう。絡柳でええか?」
地司の青緑の目が、与羽を見た。
「卯龍さんじゃなくてええん?」
「あいつはたぶん、三月末まで忙しい。し、俺は絡柳に任せたい。南の砦は今、責任こそあれ、実務は少なかろう。慣れん仕事じゃろうが、絡柳ならうまくやるはずじゃ」
彼は地方で働いていた頃の絡柳をよく知っている。個人的な感情もあるだろうが、実力と年齢、乱舞との関係性も考えた人選のようだ。
「与羽、お前さんは間違いなく、官吏登用試験を通るよな?」
「当たり前じゃん」
与羽は小さく胸を張った。
「じゃあ、お前さんも絡柳を手伝うとええ。花嫁を喜ばすためには、女性の意見も必要じゃけぇな。翔舞の時はそこが弱かった」
聞きながら、辰海も浅くうなずく。先代城主の婚儀は、ほとんど全てを卯龍が決めて仕切っていたようだった。当時の卯龍は、二十歳過ぎ。大臣になる直前の上級文官で、至らない点もあったはずだ。
「おい小僧、この部屋に翔舞の以外の婚儀録はあるか?」
「舞行様と父上のなら……」
辰海は答えて、書棚から該当の冊子を抜き取った。
「舞行おじのは、古いことを除けば理想的な婚儀だったろうな。俺が生まれる前のことで、実際に見てはいないが……。卯龍のは他国が深く絡んでくるから、中州の習わしとはあえて変更した部分も多かったはずだ……。城下に俺の婚礼の資料はないか?」
「柊地司の婚儀は国官が担当したものではないので、城や古狐の書庫にはないと思います。可能性があるとすれば、地司の奥方の生家である楠家でしょうか」
楠家は中州の龍神信仰の総本山――水主神社を守る筆頭神官家だ。城下町からまっすぐ西に続く参道を進めば、人の足でも半日ほどで往復できる。
「だな、楠に早馬を送る」
「……太一」
地司の言葉に、辰海は戸口に控える乳兄弟を見た。太一は、慣れた様子でこちらに歩み寄ると、柊地司に向かって膝をついた。
「野火太一。僕の補佐官です。彼に伝令を任せて頂ければ、最良の結果をもたらすでしょう」
「中州の間諜をやっとるらしいな」
柊地司はうなずいた。
「有能な官吏なのに、使い走りなんかしとってええんか?」
「お褒めの言葉とお気遣い、ありがとうございます。構いません。わたしの人脈と官位があれば、そのあたりの伝令係に任せるよりも早く物事を進められますので」
「辰海は別に太一の能力を無駄遣いしたくて、伝令を任せとるわけじゃないんじゃ。それが一番早くて、人としても間違いなく信頼できるし、柊おじさんの伝令も重要度がかなり高いって判断したから、太一に任せようって思ったんじゃ」
「……その通りです」
太一と与羽に助けられたようだ、と辰海は思った。
風のように退出する太一を見送り、三人は詳細な計画を立てはじめた。
「時期はある程度遅くなるのも致し方なしじゃが、年内には絶対にねじ込む」
「はい」
「六月初旬が無理なら十月末以降。そこから師走までならば必ず隙があるはずです」
地司の言葉に与羽と辰海も頷く。
「金銭面で不満を漏らす奴がおった場合は、俺が全部黙らせる」
「銀の採掘権を握っているのは地司ですが、あまり横暴なやり方は……」
「卯龍が言いそうな言葉じゃな。『国官どもは、若く年頃の城主の結婚資金さえ作れんのんか?』」
「それをおじさんから言われたら、大臣たちも返す言葉に困りそう……」
「来年度の米の収穫量を見てから決めた方が良い、って意見は出るでしょうね」
どうやら辰海は、実際に城主の婚姻の儀を提案した際に出るであろう反論を挙げているようだ。
「不作だったら、再来年度の収穫を待つのか? 再来年も不作なら、さらにその翌年? お前たちは何年乱舞を待たせるつもりなんじゃ」
「…………」
「どうした? 古狐の小僧。もう論破されたか?」
柊地司は得意げだ。
「みんなの記録にさえ残って、検討してさえもらえればええって思っとったけど、おじさんがおってくれたら本当に今年中に式を執り行えそう」
「当たり前じゃ。俺は本気で今年中にやる気でおる」
「……戦で近しい人を亡くした人の中には、浮ついた行事に難色を示すかもしれません」
「それはあるだろうな。じゃが、そもそも全員を納得させる治世は不可能じゃ。少なくとも、反対派より賛成派の方が多かろう? 少数の民意は無視してやるべきじゃ」
「与羽、君が少しでも民意を城主有利に持っていけないかな?」
「え?」
予想外の辰海の言葉に、与羽は首を傾げた。
「君の城下町に住む庶民への影響力はかなり大きいと思う。君の言葉や行動によっては、より多くの民衆を味方につけられるんじゃないかと思う」
「それは……」
責任重大そうだ。
「君ならできると思う。君にしかできないことだしね」
与羽の不安を感じ取った辰海はそう言葉を足した。まっすぐ与羽を見る目には、深い信頼と自信が見える。
「わかった。やってみる」
「じゃあ、民意に対する反論が出た場合は、与羽が対応しろ。俺の力は中州北部と神官家にしか効かん」
柊地司もうなずいた。
「古狐の小僧、卯龍を説得して国官を黙らせるくらいはできるじゃろ?」
「はい。もちろん」
まだ、直接上級官吏たちを操る技術は持っていないが、父親を介してならば別だ。柊地司は満足げにもう一度うなずいた。
「よし。太一と言ったか――使いが返ってくるのを待って、大筋を詰めよう」
そう言って、柊地司は懐から筆記用具を取り出し、使い込まれた灰色の筆先に墨をしみこませた。




