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七章三節

「気が早いな……」


 机の上を片付けながら与羽ようがぼやく。墨が乾いていない書き物は、書棚の広く空いている場所に移した。辰海たつみも同じようにしながら小姓に最上級の茶と茶菓子の準備と、ひいらぎ地司ちしの訪れを卯龍うりゅうにも伝えるよう指示している。


「私、この格好で大丈夫かな……」


 あっという間に執務室を片付け終わり、身だしなみを整える辰海を見て、与羽は自分の姿を見下ろした。夕方まで続いた年始議のあと、重い打掛うちかけを自室に脱いできてしまった。


「充分略式の正装に見えるよ。地司は君にやさしいし、大丈夫」


 ――僕にはすごく厳しいけどね。


 辰海は心の中でそう付け足した。


「さすがに『桜』の跡取りの部屋だけあるな」


 太一たいちに案内されてやってきた柊地司は、執務室を一瞥するなりそう言った。深い藍色の髪と青緑の瞳。龍鱗の跡は見えないが、その色彩だけでも彼が龍の血を濃く継いでいることがわかる。


「今は『古狐ふるぎつね』ですよ」


 辰海はやんわりとそう修正した。言ったところで、彼はずっと古狐を旧姓で呼び続けるのだろうが……。


「与羽! 乱舞らんぶの婚姻を明日の年始議で提案したいそうじゃな!」


 柊地司は辰海の言葉など聞こえなかったかのように、与羽にだけ話しかける。


「はい」


「名案じゃ! 乱舞に良い人がおるのは聞いとったが、詳しい状況まではわからんくてな。つがえるほどまで関係ができあがっとるんなら、絶対に早く結ばれるべきじゃ!」


 彼の語気は強い。


「ちょうどええな。明日の話し合いの中心は、銀山と銀工町ぎんくまちだ。俺が半分以上話の中心になる。俺が頃合いを見て時間を作るから、その時に与羽が提案すると良い。俺が言うより、お前さんが言った方が賛同が得やすかろう。ちなみに、この話はどこまで根回ししてある?」


「……あんまり……。乱兄らんにぃ沙羅さらさん、紫陽しよう大臣、あと乱兄の友人とかそれくらい」


 与羽は申し訳なさそうに身を縮こまらせた。


「構わん構わん。官吏に強く印象を残すと言う点では、その方がええかもしれん。俺がいれば、月日つきひは黙るし、漏日もれひはおそらく不干渉。紫陽(あじさい)は当事者じゃし、橙条(だいだい)も喜ぶ。問題は頭の固い古狐(さくら)じゃが……」


 柊地司は言って辰海を見た。


「僕は賛成です。父は中州の現状をみて反対するかもしれませんが、柊地司の協力があれば、最終的には折れるでしょう」


「……与羽が俺の協力を仰いだのは、お前の入れ知恵じゃな?」


 辰海の言動から察したのだろう。柊地司はそう眉間に浅くしわを寄せた。


「最善の選択をしたつもりでしたが、ご迷惑でしたか?」


 辰海の言葉は、相手の様子を伺うようにも、挑発しているようにも感じられた。


「いや。良い選択をしたな」


 褒められた。意外すぎる言葉に辰海の目が丸くなる。


「……計画を練るか。提案は詳細であればあるほど良い」


 そう言って、柊地司が執務室の大机の前に座った。反射的に、辰海は彼の前に紙と筆記具一式を置く。


「まずは時期だ。古狐さくらの小僧、今年一年の中州の行事予定を教えろ」


「通年とほとんど変わりません。正月十五日までは新年行事、今年は年をまたいで官吏登用試験が行われているので、それが全て終わるのが、正月の末日です。新たに登用された準吏たちの配属や現在の官吏たちの順位と配置の変更を三月末日をめどに完了させる予定だと聞いています。同時に、四月以降の来年度予算の確定作業もあるので……」


「しばらく忙しい時期が続くな。最短で乱舞の婚儀を割り込ませるならいつだ?」


「……」


 辰海は少し思案した。


「本当に最短をせめるのならば、初夏、六月の頭ですかね。六月中頃からは天気が崩れやすくなりますし、六月末になるとおそらく嵐雨らんうの乱の慰霊祭、官吏登用試験、夏の祭事、武術大会、収穫祭と行事が続くはずなので、そこを逃せば、十月の中頃以降になります」


「今から丸半年後か。上等じゃ。翔舞しょうぶの時は、あいつの勢いのせいで、三ヶ月で準備するはめになった。その倍もあるなら、余裕じゃろう。当時あいつの婚儀にかかわったもんはほぼ残っとるしな」


 地司は今年の六月初旬に乱舞の婚儀を割り込ませるらしい。与羽の予想よりもとても早い。早くても年末になるだろうと思っていた。


「翔舞様の時の婚儀の資料はこちらに」


 柊地司が話している間に席を立った辰海は、書棚から一冊の本を引き抜いてきた。中には、与羽の両親が婚礼の儀をあげた際の計画や準備物、当日の流れや来賓などあらゆる情報がつまびらかに記録されている。当時の婚儀を取り仕切っていた卯龍が残したものだ。


「準備がええな」


 柊地司が口の端をあげて言うと、パラパラと中を速読した。与羽も興味深げにそれを覗き込んでいる。辰海は見なくても、大まかな内容をすでに覚えていた。

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