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七章一節


 中州に新たな年が巡ってきた。中州を建国したと言われる龍神水主(みなぬし)を祀る水主神社では、巫女や神官による新たな年を祝う神事が行われ、それを見に来た人々に温かい汁が振舞われた。例年ならば、酒も配られるが、戦のあとということで今年は用意されなかった。そのかわり、汁には小さな餅が入れられ、訪れた人々の腹を大いに満足させたそうだ。


 正月一日は水主神社での正月神事。二日は休みで、三日が官吏たちの仕事はじめ。


 城下町で働く主要な官吏と、各地を治める地司ちし、そして中州の神事を司る神官長が城主と舞行まいゆき、そして与羽ようの前で、新年のあいさつとさまざまな報告を行なっている。乱舞は地方の官吏を一切呼ばないつもりだったが、一位の大臣――卯龍うりゅうの判断で各地を治める最上位の文官とその付き添いの者だけは、正式に招集した。


 普段は書面での連携が多い各地方と国の上級官が、顔を合わせて話し合えるのは正月くらいだ。税収や治水、土木、街道整備や交易など国のあらゆる地域に関連することが四日に渡って議論される。


 普段ならば、早馬を使って何度も各地域と城を行き来して決める物事を伝達時間なしに話せるのは今しかない。

 与羽も城主一族として、正装して一段高い上段の間に座っている。この立場では、筆を持ってその内容を記録できないのが残念だ。この年始議の議事録も、官吏登用試験の評価対象になると言うのに……。しかし、そんな不満は一切表情に出さず、与羽は卯龍をはじめとする中州を支える人々の話に聞き入った。


 上段の間の目の前、一の間で各地の代表者と城の大臣、上級文官が話し合い、二の間以下の下座にはそれを聞こうと国官、地方官、準吏など立場を問わず多くの人々が庭にまで所狭しと集まっている。今年一年の国の方針が決められる場というだけあって、年始議は多くの文官関係者たちの関心の的だ。


 卯龍の隣では、一時的に南の砦から帰ってきた辰海たつみが議事録を取っている。向こうでの仕事が少ないので、絡柳らくりゅうが五日間だけ帰してくれたのだと言う。事前に連絡があったので驚きはないが、与羽が借りていた辰海の執務室を片付けるのが少し大変だった。と言っても、完全に片付け切ったわけではないが。


「本の並びとか、変えたままでごめんな」


 二日目の話し合いが終わり、やっと一息つける時分になって、与羽はそう謝った。


「構わないよ。君が試験を通過するのが一番重要だ」


 辰海は机から顔を上げることなく答えた。一日目は話し合いのあとに質素ながらも宴の席が設けられたため、自室に戻れたのは日付が変わったあとだった。わずかな時間を使って、二日分の議事録を清書する彼は多忙だ。

 大きな机の端では、彼の乳兄弟――太一たいちが清書された議事録をさらに書き写している。砦に持ち帰り、絡柳へ報告するためだ。


「何も言われなかったけど、絡柳先輩も議題やその内容がすごく気になると思うから。先輩のことだから、僕から話を聞いたあと、議事録を取り寄せる予定ではあるだろうけど、この量を写して城から送ってもらおうとすると、半月くらいかかっちゃう。僕が準備できるならその方が早いしいいよね」と言っていた。


 ちなみに、与羽も議事録を写している。これをそのまま試験の課題として提出することはできないが、与羽なりにまとめて、自分の見解や調査結果を添えれば話は別だ。議事録を提出するだけで良いほかの受験生と比べると手間がかかるが、それよりも質の良いものができる自信はある。


 清書したものは太一が見ているので、与羽は辰海の速記記録の方を参照した。文字がかなり崩され、記号と略号が多用されている。


「速記記号は俺も一通り学んでるが、よくその速度で写せるなぁ」


 ちらりと顔を上げた太一が与羽に向かって言う。


「私が写しとるんは要点だけじゃし、読み慣れとるから」


 与羽は答えた。


「課題の途中で、その資料の元になった朝議の議事録を見たいことが結構あって、ここの速記記録を結構読んだんよね」


「城や古狐ふるぎつねの書庫に清書されたやつがあるだろう」


「城のは見た人の返し方が悪いんか、順番が変わっとったりするし、古狐のは卯龍さんが持っとることが多い。ここなら最近四年分くらいは全部順番通りに揃っとるし、辰海が表紙に概要を書いてくれとるから探しやすい」


「与羽はここ一ヶ月すごくがんばってるんだ」


 次に太一は辰海に言う。


「知ってる」


 辰海の返答は少しそっけない。与羽は少なくとも外見上は、以前と変わらぬ様子で辰海と接している。しかし、一方の辰海は与羽と距離をおきたがっているように見えた。それでも、執務室や本を自由に使わせたり、与羽の課題進捗を本人に悟られないように確認して回ったり、与羽を深く気遣っているのは間違いない。

 ただ、与羽にそれを見せないように努めているようだと太一は思った。二人の仲を取りなそうと話を振ったが、辰海にその気がないのなら無駄だったかもしれない。

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