六章十四節
「家と個人は切り離せない。そして周りは家に見合う働きを求めてくる。個人の能力だけでそれに答えるのは無理だよ。たとえ俺でもね。だから、みんな家柄とそのツテを使って能力の不足を補っている。これが俺のまとめだけど、なにか言いたいことある? ここまで教えてあげたのにまだダダをこねようとしたらぶっ飛ばすよ?」
「ぶっ飛ばされるかもしれませんけど、やっぱり私は家に頼りすぎてる気がして……」
「ふーん? じゃあ、ぶっ飛ばしてやるから表に出な」
「九鬼大斗! やめなさい!」
華奈が止めようとするが、大斗は言葉で止まるほどやさしくない。ゆっくりと大通りまで出た。与羽も同様だ。しかし二人の間には追いかけてきた華奈がおり、彼女は大斗の肩と胸を正面から抑えて止める気でいる。
与羽を冷たくにらみすえていた大斗の目が華奈を向いた。その目に見える感情はなんだろう。与羽に向けていた冷たい敵意とは全く違う。熱のこもった――。大斗の太い腕が、華奈の体を抱きしめた。
「!! な、なにするの!」
華奈は突然のことに身を強張らせている。
「ぴったりくっついてくるからこうして欲しいのかと思ったけど、違うの?」
意地悪く笑んだ大斗の唇が、華奈のこめかみをなぞる。
「ひぁ……! ひ、人前で、そう言うことはやめてって言ってるでしょ!」
短く悲鳴をあげつつも、華奈はなんとか大斗の腕から逃げ出した。
「ほんとに……、ほんとに……!」
小さく呟きながら、よろよろと離れ、八百屋の商品棚にもたれかかった。両手で覆い隠しているが、その顔が赤くなっているのがわかる。そこに大斗の母親である数子が歩み寄り、「ごめんねぇ。大斗は華奈ちゃんのことが本当に大好きなの」と助け舟を出そうとしているのか、追い打ちをかけようとしているのかわからないことを言って、華奈をさらに真っ赤にさせていた。
「とっても強くてかっこよくて美人なのに、ふとした拍子に照れたり、隙を見せたりするの、本当にかわいいよね」
その様子を見ながら、大斗は言った。どうやら惚気ているらしい。
「大斗先輩、昔から華奈さんのこと好きでしたもんね」
徐々に華奈もその好意を受け入れ始めているようで良かった、のだろう。
「ふっ……」
大斗が一瞬頬を緩めた。いつもの口の端を釣り上げた凶悪な笑みではなく、安らぎを感じているような、穏やかな笑みだ。しかしその光景を与羽の脳が理解するよりも早く、彼の目が与羽を向く。
「構えな」
そう短く命じられた。彼はすでに戦士の顔をしている。
「!! はい!」
与羽も慌てて素手の構えをとった。大斗もだ。小柄な与羽に合わせて、彼の構えは低い。そして、隙がない。素手での戦いもある程度は訓練してきたが、上級武官である大斗の経験には遠く及ばない。
攻められない。
冬の冷気を感じられないほどに集中した。大斗が溜めていた息を白く吐く。
仕掛けるならここしかない!
与羽が飛び出す。と同時に、大斗も地を蹴っていた。速い。
これはまずい。そう感じた瞬間、与羽は守りに転じる。長い着物の裾に足を取られないよう、短い歩幅で踏み込んだのが幸いした。右足に力を込め、前に行こうとする自分の体を止める。
攻撃に対して、体を平行に。
大きく飛び込んできた大斗の右拳を自分の左手でそらすと同時に、その手首を両手でつかむ。それをひっぱりながら、与羽は体重を乗せて、大斗の胸に自分の肩を押し込んだ。大斗の攻撃の勢いを利用して、さらに力を加える。
自分の体の均衡さえ手放して、大斗を下敷きにして倒れるつもりだ。
与羽が掴んでいる大斗の手に力がこもるのがわかった。無理やり振りほどく気だろうか。もしそうなれば、地面に叩きつけられるのは与羽の方だ。
次の瞬間、浮遊感が終わり、体に衝撃が走った。与羽の体の下で大斗の肺から空気が抜ける。
「そこまでよ!」
華奈の審判を下す声が聞こえた。
勝った、のだろうか。
大斗はまだ戦いを続ける気かもしれない。彼なら与羽の体など軽々とはねのけて、次の攻撃を仕掛けてきてもおかしくない。しかし、とりあえずは、華奈に従うことにしよう。




