六章十二節
「素敵です!」
いつのまにか泣き止んでいた雨子が、与羽の隣で図案を見ている。
「材料も全部簡単に手に入れられそうです! あたしはじめ、飾り紐を編むのが得意な人はいっぱいいるんです!!」
「それは良かったです」
与羽はほほえんだ。また一歩、官吏に近づけそうだ。
「姫さまはお忙しいから、この図案を書かれたらおかえりになられますよね?」
「……考えてませんでしたけど、確かにそうかもしれません」
今日はもう一つ城下町でやりたいことがある。
「ぜひお土産にうちの飾り紐をもらって帰ってください!」
雨子はすでに商品棚に吊るされた紐を厳選するために立ち上がっている。
「お姫さま、好きな色とかありますか?」
「うーん、では、そこの赤と紫と橙のやつで」
「暖色系なんですね! ちょっと意外です」
確かに与羽は青や紫色を身に付けることが多い。それらの色も好きだが、今回はその明るい色合いの紐が目を引いた。
「でも、確かに冬になるとあったかい色が人気になるんですよね! 特に今は、戦で沈んだ気持ちを上向けたいのか、明るい色がよく出ます」
雨子は図案を書き終わった与羽の左手を取ると、飾り紐を結びつけはじめた。まずは紐を中指の付け根に引っ掛け、いくつかの輪を作るように結ぶ。その輪に紐を通し、時には結び目を作ったり、他の指の根元に引っ掛けたりして、飾り紐で花模様を作っていく。それは与羽が頭につけているレース飾りにも似た繊細さだ。
「すごい!」
与羽の口から賞賛の言葉が飛び出した。
「ありがとうございます!」
雨子は最後に紐の端を手首に結びつけた。与羽の手の甲には飾り紐で作られたひし型の花が咲いている。
「手首の部分だけ解けば、繰り返し装着もできますよ。強く引っ張れば、全部を解くこともできます! 解いた後はなにかを束ねる時に使っていただけると嬉しいです!」
「紐だけでこんなものが作れるなんて知りませんでした」
与羽は自分の手を目の高さに掲げて、まじまじと見た。興味深い技術だ。
「町娘に高価な装飾品を買うお金はないので、紙とか紐とか端切れとかありふれたもので自分を飾る方法を色々と考えるんです」
雨子は得意げだ。与羽がこの場にいることに慣れてくれたようで、もう動揺は見えない。
「この設計図の通りに試作して、できたものはお城にお送りすればよいのでしょうか?」
与羽の書いた図案を大切に掲げ、そう首をかしげている。
「はい。お手数でなければ――」
「お手数とかそんなそんな!! 姫様宛に作品を送れるなんて、夢にも思わなかった最高の展開です!!」
この勢いならば、明日か明後日にでも試作品が届きそうだ。そして、次にこの場所を訪れた時には、与羽の書いた図案が額に入れて飾られていることだろう。端に署名でも入れてあげればよかっただろうか。いや、そんなことをすれば、きっと今以上に「大変な」ことになる。
若干の戸惑いと、新しい出会いと目標への高揚感。きっといい結果になる。与羽は自分を見る、憧憬に満ちた目にまっすぐうなずきながら、そう確信した。




