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一章四節

「君が文官を志すなら、十年以内に大臣に――少なくとも一桁の上級文官になって。そのために、まずは一発合格で文官準吏。二年以内に下級文官。五年で上級文官。それができそうになかったら、早い段階で官吏を諦めて。でも、何の理由もなしに官吏をやめたら『無能だったから』って思われるのは目に見えてるから、結婚でもして、それを理由に辞めて。いいね?」


 乱舞(らんぶ)は城主の厳しい顔でそう言った。口調はやさしいが、これはどう聞いても中州城主からの命令だ。


「厳しいことを言っとる。人からどう見えるかとか、体面や家名を気にしすぎとる。汚い考えだって、君は思ったかもね。でも、官吏なんて、政治なんてこんなもんだよ。まっすぐじゃない。いろんな人が集まって、腹の底にいろんなものを抱えながら、いろんなものを耐え忍びながら、それでも、国のために、民のためにって思いながらやってるんだ。絡柳(らくりゅう)なんて、使用人家出身だからっていうだけで、毎日ひどい陰口をたたかれとる。それでも、彼は耳に入るそれをすべて無視して、国のために、僕のために、自分のために尽くしてくれる。並大抵の精神力じゃないと思うな。君は君で、きっと庶民出の官吏にいじめられると思うよ。君が出世すれば、たとえそれが君の能力のおかげであっても、中州城主一族だからひいきされたんだって言われると思う。いや、絶対に言われる。それも、必ず君の耳に届くように。出世しなかったら、しなかったでさっき言ったことが起こりうる。どっちに転んでも、つらく厳しい道のりだよ。

 それに耐えられて、僕がさっき言った条件を無事に達成できる自信があるなら、もう止めない。言いたいことは全部言ったから。あとは、君の意思と能力次第だ」


「それでも……、私は官吏になる!」


 与羽は即答した。本当は迷っている。乱舞に言われたことは想像しただけでも困難そうだ。つらい。それでも、ここでためらってしまったら、何も変われない。今までの、中途半端な姫君生活を一生送るだけだ。それは、絶対に嫌だった。


「わかった」


 乱舞は息をついた。


「君がそこまで言うなら、もう止めない。最後に一つだけ確認ね。君は何のために官吏になりたいの?」


「乱兄を支えたい。妹としてじゃなく、ちゃんと権限と能力のある官吏として。大好きなこの国を守りたい」


 今度も即答だ。


「うん。わかった」


 乱舞が浅くうなずく。


「ただし、官吏になったら特別扱いはしないよ。君の官位に見合うだけの情報しか与えないし、君の官位に見合うだけの話しか聞かない。もちろん、兄妹(きょうだい)として雑談する分には違うけど、その辺の切り替えはちゃんとするつもりだから」


「……わかった」


 乱舞の言葉に何となく物寂しさを感じつつも、与羽はうなずいた。これは自分が決めた道なのだ。


「準吏一発合格。二年で下級文官、五年で上級文官、十年で大臣。ダメなときは、中州城主や中州城主一族の顔に泥を塗らん辞め方をする」


「うん。あともう一つ。一度官吏をやめたら、もう一回官吏になることは許さない。政治に口出しもさせない、絶対に。いいね?」


「うん……」


 与羽はそううなずくしかできなかった。その不安が垣間見える表情に乱舞は城主の仮面を脱ぎ捨てて、にっこり笑ってみせた。


「本当につらくなったら、言っていいから。僕の力を使えば、君ひとり守るなんて、たやすい」


 与羽にとって乱舞はとてもやさしい兄だ。それなのに、与羽より数個しか歳が違わないのに、すでに何年も中州の頂点に立ち、官吏をまとめ、人々を導き続けている。

 乱舞が与羽に言った「つらいこと」を乱舞も受けているはずだ。たくさんの人の思惑にさらされて、苦しむこともあるに違いない。それなのに、乱舞はいつも与羽と話すときはにっこり笑って、やさしさしか見せない。


「……うん」


 今の乱舞も、戸惑った顔でうなずく与羽を穏やかに見守っている。


「がんばってね、与羽。応援してる」


 それは兄としての心からの言葉に聞こえた。

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