六章十一節
「あの、姫さまはあたしたちの勝手な商売に怒ったりは……」
「してませんよ。全く同じものを作っとったら、他の職人たちの迷惑になるかもしれませんけど、ここのは素材も価格設定も客層も全然違う。庶民向けの装飾品は、質が悪くてすぐに壊れるものか、富裕層向け商品の中古や傷ありなどの訳あり品が多い印象ですが、こちらの商品はどれも安価な素材を使いながらも丁寧に作られている印象です。非常に優秀な職人が手がけていると推測します」
「そんな! 恐れ多いです!!」
雨子は両手をぶんぶん振った。その手のひらには無数のタコや針で刺した跡がある。彼女もここの商品作りを手がけているようだ。
「失敗ばっかりですよ。家が養蚕家や玻璃職人の子、手先が器用な子たちが集まって、色々作って、その中でもできがいいものだけを商品にしてるだけです。もう……、失敗作が山のように……。でも、あたしたちは少しでも、お姫さまみたいに綺麗になりたいから、妥協はしません!」
「ふふっ。私はそんな風に見られていたんですか」
彼女の言葉には与羽への憧れが強くこもっていて、とても気恥ずかしい。与羽が自信をなくし、不安でいっぱいだった時も、彼女は「ステキなお姫さま」と見てくれていたのだろうか。
「ですよですよ!! お姫さまに憧れてる女の子っていっぱいいますからね! このお店は十二人で回してますけど、みんなお姫さまが大好きです! 他にも、お姫さまが大好きなたい焼き屋さんへの弟子入りを本気で考えてる子とか、武術大会のお姫さまの試合は全部必ず最前列で見てる子とか、少しでもお姫さまみたいに強くなりたくて、ワザと九鬼さんの八百屋でお買い物して、あのこっわい九鬼武官とお話しするようにしてる子とか、城下でお姫さまを見かけたら必ずあいさつしに行く子とか、ここにはお姫さまに憧れる子たちがいっぱい来るから、いろんな話をするんです!」
そんなにたくさんこの少女のような人がいるのだろうか。全く気に留めていなかったが、与羽が思うよりたくさんの人が与羽の姿を見ているのかもしれない。しかも、彼女のようなキラキラした眼差しで。町行く人を見る目が変わりそうだ。
「少し、気恥ずかしいですね」
与羽は素直な感想を述べた。
「……話は変わるのですが、実は私は今官吏登用試験を受けていて、今はその試験中なんです」
雨子の話が止まりそうにないので、与羽はさらにそう言葉を足す。
「はい!」
少女は知っていますと言うように深くうなずいた。
「その中に中州城下町の特産品を提案する、というものがあるのですが、もしよければこのお店の商品を推薦してもいいでしょうか? もちろん、私も素敵な飾りが作れるよう協力しますから」
きっと卯龍はそうさせたくて、与羽をここに導いたのだろう。中州の姫君本人が監修した庶民向けの廉価な装飾品。間違いなく、与羽の住む中州城下町でしか販売できない限定品で、普段使いとしても、お土産としても話題になるはずだ。
「それは……、恐れ多いです」
雨子は声を震わせた。
「そこをなんとか。私の官吏への道を助けると思って」
「そんな……、姫さま……、そんなぁ」
憧れの存在に助けを求められるという予想もしなかった展開に、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。腰を抜かしたのか、へにゃへにゃと脱力していく。
「ちょっと!」
それを慌てて支える与羽。
「姫さまに抱きかかえられてる。やばい。やばい。めっちゃいい匂いする。それなんの匂いですかぁ!」
雨子は軽く錯乱しているようだ。
「これは、白檀と梅を合わせ――」
正月が近いので、それに合わせて厳かさと春らしさのある調香をしてもらった。
「お香は想定外でしたあぁぁぁ!!」
「えっと……」
感極まって泣く少女をなだめながらも、与羽は思索を巡らせる。与羽が監修すると言っても、全てではない。一つか二つ。そしてもしそれが人気になるようなら、模造品が城下町中に出回るだろう。その時どうするか。そういう点まで考えるのが官吏の仕事だ。
「もしご迷惑でなければ、羽飾りと布の髪留めの監修と、試験課題として提出させてください。ただ、私が関わることで模造品が増えてしまうかもしれません。雨花様の商売の妨げになるかもしれませんので、もちろん断ってくださっても――」
この二つを選んだ理由は、与羽の中に明確な設計図があるからだ。そもそも、与羽の羽根飾りは、与羽が手作りしていたものが原案になっている。布飾りもより良い製法案がある上に、材料が用意しやすく、装飾品の中では増産が容易だ。
「断るなんで選択肢ないでずぅぅ!!!」
雨子は絞り出すように叫んだ。
「もぢろん! もぢろん、全身全霊で協力いだじまずぅ!!」
「ありがとうございます。あの、でもお店の他の方に了承は――?」
「あたじが店長なので、大丈夫でず!」
「その若さでこのお店を切り盛りしているんですか? すごいですね」
彼女の見た目からして、おそらく与羽とさほど年は違わないはずだ。
「褒めないで! もっど泣いじゃうぅ!!」
「あはは、すみませんでした」
与羽は困ったように笑いながら片手で彼女の背を撫でる。そして、もう片方の手で筆記具を出すと、髪飾りの図案を書き始めた。思案しながらゆっくりと。
羽飾りの方はよくできている。たくさんの羽根を吊るす糸が絡まないように、漆で固めてあったり、羽根が綺麗になびくように重りがつけてあったりと随所に工夫が凝らされていた。与羽の羽飾りは鎖で羽根を繋いでいるが、細い鎖は加工が難しく高価なので、今の価格帯を維持するなら固めた糸を使い続けるのがいいだろう。
布飾りの方は改善の余地がある。与羽が身軽に動き回りたいときによく髪に結び付けている布が原案のようだが、庶民のような大きな鏡がない環境できれいに布を括り付けるのは難しいかもしれない。それならば、すでに形を整えてある布飾りを紐で結びつける仕組みにしたらどうだろう。紐の根元は飾りと同じ布で覆って――。紐の先には玻璃玉や羽飾りを付ければよりおしゃれだ。




