六章十節
次に与羽が向かったのは、大通りから薬師本家の近くの路地を入ったところにある「雨花」というお店。小さな傘模様の看板を見つけて、与羽は戸口をのぞき込んだ。
「こんにちはぁ」
「いらっしゃいま……」
店番らしき少女が笑顔で出迎えようとして、固まった。
「お! お姫さま!!」
珍しい反応だ。城下町の人の多くは与羽の町歩きに慣れており、我が子や友人のように親しく接してくれることが多い。
「あっと、えっと、こんな小さなお店に……、えっと、どうされたんですか?」
両手をバタバタさせながら、しどろもどろに尋ねてくる。彼女が小刻みに動くたびに、その髪に飾られた羽根がひらひらと揺れた。与羽も似たような羽根の髪飾りを持っている。
「このお店がオススメだと聞いて……」
与羽は彼女を安心させようと極力やさしい声を出した。
「あの、えっと……、ごめんなさい」
次の瞬間、少女が床に膝をつく。
「失礼なことをしてしまいました。でも、あたし、お姫さまに憧れていて……。いや、憧れるなんてのもおこがましいですけど、えっと……」
「えっと……?」
いきなり土下座された与羽は、思考を巡らせながらも少女を立たせようとその腕に触れる。
「あああああああ!! 姫さまが私に触れていらっしゃるぅぅ!!」
そんな大きな声に驚いて、すぐに放すことになったが。
「あの……? と、とにかく立ってください。綺麗な着物がシワになってしまいます」
与羽はなんとか少女をなだめようと努めた。全力で遠慮する少女を立たせ、店の奥に座らせる。その横に与羽も座ってやっと店内を見ることができた。
事前に聞いていた通り、髪飾りなどの装飾品を扱うお店だ。その多くが木や竹、布製の素朴なもので、少女が身につけているのと同じ羽根飾りもある。さまざまな色に染め分けた羽根がいくつも吊るされた髪飾りは、与羽が好んでつけているものによく似ていた。よく見れば、ほかの装飾品も、素材は違えど似たものを与羽も持っている。そして、ここの店番を務める少女の、与羽に対する態度……。
「もしかして、このお店って私が身につけている装飾品と似たものを扱うお店ですか?」
「すみませんでしたっ!!」
少女は再びその身を床に投げ出した。
「いや、あの、怒ったりするつもりはありませんから」
与羽は再び少女を座らせようと難儀するはめになった。
「あたしたち、お姫さまのお姿って、とっても素敵だと思うんです」
なんとか落ち着かせたところで、少女がポツリポツリと話し始める。ちなみに、彼女の名は「雨子」と言うらしい。
「あ、あたしたちって言うのはここのお店を一緒にやってる女の子たちで――。お姫さまの身につけていらっしゃるものは、フワフワしてたり、ひらひらしてたり、キラキラしてたり。今日の頭の透かし織りは新作ですか? とっても綺麗です!」
しかし、すぐに雨子の言葉に熱がこもりはじめ、早口になっていく。
「これは外つ国の編み物で、レースというらしいです」
どう接するのが最善か迷いつつも、与羽はとりあえず聞かれた質問に答えることにした。
「れーす! ステキな響きです!! 似たものを作って、売ってもいいですか?」
雨花は与羽に憧れる少女たちが、憧れを形にして販売するお店らしい。
「構いませんが……。――ここにはお客さんは結構くるのですか?」
好奇心からそう尋ねてみる。
「たくさんというほどではありませんが、城下外から観光や仕事で来た人たちが娘さんのお土産にと買っていくことが多いです。もちろん、城下のお姫さま推しの子たちも来ます!」
「お土産か、なるほど」
卯龍が与羽をここへ導いた理由がわかる。特産品は食べ物だけではない、とも言っていた。




