六章六節
「わかった。私、なんとかしてみる」
「え?」
急に強く拳を握りしめた与羽に、乱舞は驚いて目を見開いた。
「要は、官吏のみんなに、『そろそろ城主の婚姻の件もなんとかせんと!』って思わせれば良いんでしょ?」
「そうだけど、みんな忙しいのにそんな僕の個人的なことで時間を使わせるなんて……」
「大丈夫。乱兄の希望とは絶対に言わんよ。いつもの、私の独りよがりなお人よしのお節介」
与羽の顔は楽しそうだ。久しぶりに見るいたずら娘に、乱舞はなぜか深い安心を覚えた。
「そうだね。もしかすると、君が適任なのかもしれない」
きっと与羽の強みは、人の気持ちに寄り添って、人の願いのために動けるところだ。理より情を取る官吏など普通はいないし、そんなわがままは許されない。しかし、城主一族出身という、最高の身分を持つ彼女なら――。彼女の心は、きっとこの国を明るくしていくだろう。
「じゃ、決まりね」
与羽がさらに口の端を釣り上げると、尖った犬歯が見えた。
「ありがとう。でも、君の官吏登用試験を優先でね。君が準吏になってくれないと、僕の結婚式を担当してもらえない」
「もちろん!」
与羽の言葉は強い。
「でさ、交換条件ってわけじゃないんだけど、正月行事をもうちょっと賑やかにする許可をくれん? 結婚式しなきゃってことになったら、予算は勝手に組んでもらえるから、今、みんなの不評を買ってまで節約する必要ないでしょ?」
「……そうだね」
うなずく乱舞に、与羽は持っている中で一番上質な和紙を差し出した。乱舞も何本か置いてある筆の中から、慎重に一本を選んで手に取る。
『蘭花十一年度新年行事を、中州国文官第一位 古狐卯龍に一任する。ただし、戦後の人心と財政に配慮し、慎ましく仕上げること。 中州国城主 中州乱舞』
城主の印まで押された、正式な任命状だ。
「これでいい?」
「ありがとう」
兄妹はお互いに笑みを交わした。
「どの程度変更になるかは、明日以降の朝議で聞きます、って卯龍さんに伝えといて」
「わかった。忙しい時に対応してくれて、ありがとう」
「感謝を言うのはこっちの方だよ。試験は順調?」
「まあまあかな。けど、困ったら卯龍さんとか誰かに助けてもらおうと思う」
月日大臣や絡柳でもなし得なかった城主の説得を成功させたことで、与羽の中には自信が芽生えつつあった。自分に何ができるのか、少しだけ掴めた。
「それが良いよ。君の得意なことは君が、君の苦手なことは誰かに、ね」
「うん!」
うなずいた与羽は、陽気に謁見の間まで戻る。重くて邪魔な打掛姿も、今はたくさんの布がひらひらする綺麗な格好に思えた。袖を翻せば、黒地の闇に八雲が輝き、銀の腕輪が月のように光る。頭に被せた黒紫のレースが絹の光沢を持って尾を引く様子は、きっと流星のように見えているだろう。通路を歩く官吏までもが足を止めて、脇に避け、与羽の後ろ姿を見送っていく。頭の中では、どのように兄の結婚式の段取りを決めるかでいっぱいだ。こんなに良い気分になったのはいつぶりだろう。
「卯龍さん!」
与羽は一切の物怖じなく、上級官吏が仕事をする一の間に踏み込んだ。
「ご機嫌だな、姫君」
そう目を細める最上位の大臣の前に、城主に書いてもらった委任状を広げる。それを見た瞬間、卯龍の笑みが深まった。
「最高の結果だ。よくやった」
卯龍が与羽に拍手を送る。
「すごいじゃない!!」
紫陽宮美大臣は与羽に抱きつかんばかりの勢いだ。謁見の間の他の官吏たちも、卯龍に呼応して拍手をはじめた。ここまでされると喜びを通り越して恥ずかしい。
「いったいどんな説得をしたのだ?」
繰り返し城主に進言しても聞き入れてもらえなかった月日大臣が、そう尋ねてくる。
「説得ではなく、兄の心に添って、共に考えました」
「さすがだ」
与羽の答えに卯龍がさらなる賞賛を送る。
「頭の硬い徳じぃや絡柳にはなかなかできない芸当だな!」
「ふん」
頭が固いと言われた月日徳之丞大臣は不機嫌に鼻を鳴らしたものの、他の官吏同様与羽に拍手を送る。
国としては小さな、しかし与羽にとってはとても大きな成功と、新たな目標。それが光となって与羽の不安を少しずつ晴らしていく。未熟な自分にもできることはあったのだと。
「ありがとうございます!」
与羽は照れたように笑って、官吏たちの拍手に応えた。




