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六章五節

「僕は、言うつもりはない」


乱兄(らんにぃ)!!」


 与羽は声を荒げた。


「戦のあとで国が疲弊しとるのに、こんなことで国を不安定にさせるべきじゃない!」


「中州の経済を考慮して、正月行事を縮小しようって言っとるだけだよ。そんなに大したことじゃない」


「官吏たちはそう思っとらん! ちゃんと理由を説明するべきだって! 経済状況が理由なら、中州の経済はそこまで悪くなってないって証拠がいくらでもある。それ以外の理由があるはずなのに、それを誰にも言わないのはおかしいと思う。せめて、私や大臣には伝えるべきでしょ」


「それでも内緒にしたい」


 乱舞はかたくなだった。


「じゃあ、私は理由を聞くまでここを離れん」


 しかし与羽も粘り強い。乱舞の前に座った。好きにしろということなのか、乱舞は机上の書類に目を落とす。彼が見ているのは、正月よりもさらに先、来年度の予算案だ。月日大臣と絡柳(らくりゅう)が作成したものの写しらしい。乱舞はそれを難しい顔で見ながら、違う紙に色々と走り書きしている。


 春、花見の宴に銀山開き、農業や神事もある。梅雨前には、中州川の水門の補修や川底の整備に予算を割き、夏は官吏登用試験と少し涼しくなってから武術大会。嵐雨(らんう)の乱の慰霊祭もある。大々的な官吏の配置転換が行われるのもこの時期だ。秋は収穫祭を始め、また神事や農業関係の行事が増える。そして冬の一連の正月行事。道路や河川の補修費。官吏たちの給与。それに戦のツケの返還分を加えれば、収支はカツカツ。翌年にくりこせる額はなさそうだ。乱舞は大きなため息をついている。


 与羽は自分の左ほほに手を当てて考えた。確かに昨年までと比べると厳しい財政状況だが、それは貯蓄できないというだけだ。この予算案には赤字にだけは絶対しないという月日系官吏の意地が見える。


「乱兄はなんとかして、少しでも予算を浮かせようとしとる……」


 来年度予算案さえも削ろうと唸る乱舞を見ながら、与羽は呟いた。


「…………」


 与羽の声は聞こえているはずだが、乱舞は答えない。


「理由は……。自分の手当てを増やしたいわけじゃない。そこは真っ先に削っとる。他の官吏や何かしらの行事にお金を割きたいわけでもない。と言うか、お給料や国の行事関係なら理由すら話さず予算を一人であれこれいじることはしない。乱兄は浮いたお金で何をしようとしとるんじゃろ……」


 与羽は乱舞の筆先を見つめた。その進みはゆっくりだ。与羽の言葉をちゃんと聞いているのだろう。


「誰にも、絡柳先輩にも話さんってことは、国政関連じゃないはずなんじゃ。乱兄は国のことを大事に思っとる。国にとって重要なことなら、一人でこんなことはしない」


「いい読みだね」


 乱舞が筆を置いて顔を上げた。いたずらをする子どものような笑みを浮かべている。


「絡柳や月日大臣は叱ったり説得したりするばかりでうるさかったから、すぐに追い出してたけど、与羽のそうやって僕の気持ちに寄り添いながら考えてくれるところ、すごくいいよ」


「『気持ちに寄り添う』……?」


 何か引っかかる表現だ。与羽はさらに思案した。乱舞はその顔を穏やかに見つめている。かたくなに理由を話さない彼だが、誰かに察してもらいたいのかもしれない。


「『寄り添う』……。乱兄」


「なぁに?」


 彼の語気はやさしい。


「最近、沙羅(さら)さんに会っとる?」


 与羽は彼の婚約者の名前を口にした。


「残念ながら、ほとんど会えてないんだ……」


 乱舞は表情を曇らせる。しかし、その口元には安堵したような笑みが浮かんでいた。「やっと気づいてもらえた」と言うように。


「僕は最近ずっと城に缶詰で城下に下りれてないし、こんな状況の時に沙羅を城に呼ぶなんて浮ついたところ見せられない。今はみんなが普段より多くの仕事をこなしてるから、いつぞやみたいに君や絡柳に政務を任せておやすみもらうなんて言語道断だし」


「……沙羅さんと一緒に暮らしたい?」


 だいぶ答えに近づいた気がする。


「もちろん。君が迷惑じゃなければ、だけど」


 乱舞はこんな時でも、共に暮らす妹を案じてくれる。


「迷惑なわけないじゃん」


 与羽は強く否定した。


「ありがとう。本当はね、すぐにでも沙羅を迎えに行きたいんだ。でも、僕は中州城主だから、色々な手順を踏まないといけない」


「それでお金が必要なんか」


「正解。僕のことなのに、僕は自分の立場のせいで、自分だけで全てを決められない。このままじゃ、僕たちはずっと結ばれず仕舞いだ」


 今年の予算にも来年の予算にも城主の婚姻に関するものはない。それに使えそうな余剰資金もない。戦後の忙しい時なので、自ら祝言を挙げたい旨を言い出すこともできないのだろう。


「乱兄も沙羅さんも来年で二十二じゃもんな」


 もちろん個人差はあるが、中州では二十歳前に結婚する人が多い。農村になれば、十代の夫婦も当たり前だ。


「あまり沙羅を待たせ続けたくないんだ。そうでなくても、僕が引っ込み事案で婚約まで時間がかかったのに……。ささやかな式で良い。でも、沙羅には中州で一番幸せな花嫁になってもらいたいから、質素すぎるのは嫌だ。となると、やっぱりある程度まとまった予算が必要で……」


 乱舞の言葉がしりすぼみに小さくなっていく。

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