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六章三節


  * * *


 太一を伴って、与羽(よう)紫陽(しよう)大臣は城へ向かった。紫陽大臣の立ち振る舞いは高貴な身分そのものだ。近寄りがたい威厳にすれ違う人々は道を開け、わずかに首を下げている。普段ならばすれ違う相手に笑顔であいさつする与羽だが、今は大臣にならって胸を張り、穏やかにほほえんで声をかけるにとどめた。そうすると、いつも砕けた様子で接してくる人々でさえ、恭しい態度で接してくる。物寂しい気もしたが、「姫」と言う与羽の立場ならこれが正しいのかもしれない。


 紫陽大臣が向かったのは謁見の間。朝は城主を交えて朝議を行う場だが、午後はふすまやついたてで仕切って、一部の文官が仕事をする場になっている。大臣は迷わず一の間と呼ばれる上座の部屋に踏み込んだ。


 部屋の奥には城主が座る一段高くなった上段の間があるが、そこには誰もいない。その手前の空間には、第一位の大臣卯龍(うりゅう)と十人ほどの文官がいた。どうやら正月行事の予定を確認しているらしい。


 卯龍以外のすべての文官が紫陽大臣と与羽に気付くと、会釈とともにあいさつの言葉を口にした。


「待たせたわ」


 紫陽大臣はそれに軽く答えつつ、薄い紙束から顔を上げた卯龍に歩み寄った。


「今日はいつになく気合が入ってるな」


 卯龍は紫陽大臣と与羽交互に見ながら笑みを浮かべる。


「正月行事の件だが、縮小しすぎじゃないか?」


 そしてその次には仕事の話になった。


「いくら戦後とはいえ、地味にしすぎるのは良くない。人々には明るい希望が見える形にしないと」


「城主が必要最低限でと指示されたの。かなり細かい部分まで城主の指示があったゆえ、多少の人員の変更はありえても、大筋はこれでいく予定よ」


「はぁ?」


 卯龍は不服そうだ。


 すでに話に置いていかれそうな与羽だったが、なんとか勇気を出して「見てもいいですか?」と卯龍の前に置いてある正月行事の企画書を手に取った。


「わらわも月日大臣も水月大臣も、城主には再三確認したの。特に月日大臣は見栄っ張りゆえ、『こんな貧相な正月など言語道断!』って憤慨しても聞いていただけなかったわ」


 二人の話を聞きつつ、与羽は急いで企画書に目を通した。


「地方の官吏を呼ばないんですか?」


 そして気になる一文を目にして、口に出す。正月行事と言えば、中州のそれぞれの地方を治める長たちを呼び寄せるものだと思ったが……。


「戦や復興の時に多くの地方官が来たゆえ、正月は無理に招集をかけることはしないそうよ」


「来たいやつだけ来いってことだな。他にもだ――」


 卯龍は次々にこの企画書の問題点を挙げていく。与羽は慌ててそれを書き留めた。


「……。私、兄を説得してきましょうか?」


「俺が行こうと思ったが、やってみるか?」


「はい」


 与羽は深くうなずいた。


「乱舞は奥屋敷の書院にいるはずだから行ってみると良い」


 卯龍が言ったのは城の奥にある中州城主一族の屋敷の一室だ。誰にも邪魔されない空間でなにかしら政務をしているらしい。


「わかりました」


 そう言って与羽は立ち上がった。


「与羽」


 その背を紫陽大臣が呼び止める。


「ちゃんと胸を張って、ゆっくり歩くのよ。あと太一を連れていきなさい」


「わかりました」


 もう一度うなずいて、与羽は謁見の間を辞した。

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