六章二節
「……これは?」
「ここは、わしのお茶会会場じゃ。よく女官や宮美はじめ、女性官吏や巫女などを呼んで、茶を飲んだり、菓子を食べたりしながら色々な話に花を咲かせておる」
美海の言葉に、紫陽大臣もにっこりほほ笑んでうなずいている。いつも朝廷で出会うきっちりしていて厳しい紫陽大臣よりも、柔らかで穏やかな印象を受けた。紫陽大臣の仕事中以外の姿はあまり知らなかったが、どうやら美海と紫陽大臣はとても仲の良い友人同士らしい。
「私はなぜこの場に呼ばれたのでしょうか?」
おずおずと尋ねてみる。
「なんとなくじゃ」
胸を張ってこたえる美海。
「そ、そうなんですか……」
与羽は脱力した。
「与羽はきれいな着物は好きか?」
そして何の脈絡もなくそう聞かれる。
「そ、それは。はい」
これでも女の子だ。きれいな着物や装飾品には胸が躍る。
与羽の答えに、美海と宮美が満面の笑みで視線を交わした。嫌な予感に、与羽は傍に控える竜月に目で助けを求めたが、笑みを返されただけで助けにはなってくれなさそうだ。竜月はもともと古狐に属する女官なので、美海の味方をするのは当たり前かもしれない。
「今の流行りは暗い色じゃ」
その間にも美海は話を進めている。
「戦があったらからの。あまり派手な色柄は好まれん。特に与羽のような姫が着るなら落ち着いた色のものが良い」
「それならこれがいいんじゃない?」
宮美も美海の話に乗りながら、一枚の着物を取り出す。いつもと全く違うやさしい口調に、与羽は彼女が乱舞婚約者――沙羅の母親であることを思い出した。いつもやさしく穏やかな雰囲気を纏う沙羅と、きびきび働く宮美の様子は似ていないと常々思っていたが、今のくつろいだ様子は娘そっくりだ。
「さすが宮美じゃ」
美海と宮美が着物を床に広げてみせる。表も裏も黒の打掛。表面には、銀糸の混ざった黒の糸で刺繍された八雲が光っている。非常に落ち着いた地味な見た目ながらも、上質な絹を丁寧に染め上げた黒は、怪しいほどの深みと光沢を見せ、光の加減で刺繍された八雲を浮き立たせる。
「襟元の合わせはどんな色合いがいいかのー。あと、帯と、髪飾と――」
美海の指示であっという間に打掛正装が一式そろった。与羽に着せ付けると言う形で。
打掛が暗い色なので、内側のかさねはこれから来る正月を思わせる明るい色で。髪はすべて頭の上に結い上げられた。
「これは外つ国の技術で編んだ透かし編みじゃ」
「『れーす』ってやつね」
と頭を覆うように黒紫に染められた繊細な透かし編みをかけられた。黒く染めた髪を目立ちにくくする配慮だろう。あとは、透かし編みがずれないように、銀と青を基調とした髪留めを何ヶ所かに付ければ完成だ。衣装に合うように化粧も変えられてしまった。
「あの……、これはなにを……?」
金属を磨いて作った鏡に映った自分を見て、与羽が尋ねる。
「えっとね。午後から私の政務を手伝ってもらおうと思って」
答えたのは柔らかな笑みを浮かべた紫陽宮美文官四位だ。
「あ、手伝ってくれた分も試験の成果として報告するから、安心してね」
「これも試験の一部と言うことですか?」
「そう堅くなるな。軽いお勉強じゃ。お勉強」
美海はそう与羽の背を叩いている。
「さぁ、太一を呼んでまいれ。姫君のご出陣じゃ」
「出陣って……」
「何を言っているのかしら。政治は戦よ。わらわに劣らないように胸を張りなさい」
宮美はすでに政務中と同じ厳しい雰囲気と口調になっている。彼女の髪は複数人の女官の手によって、立派に結い上げられつつあった。
「でないと、わらわの方が城の姫だと思われてしまうわ」
「それはなかろう。いくら宮美が若作りしても、与羽の若さには勝てんわ」
茶目っ気たっぷりに冗談めかして言った宮美に、口の端を上げて突っ込む美海。
「あー、ひどい! 私だってこの口調でしゃべったらまだ三十代で通せるもん!」
宮美がそう反論して、ひとしきり笑いあう。この二人は本当にいい友人のようだ。




