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五章十一節

「二十年、よく耐えた。あとは、ともに休もうぞ。どこにでもつき従うゆえ」


「美海、……」


 卯龍は自分のために泣く妻の名を呟いて、ゆっくりと目を伏せた。静かに、首を横に振る。


「まだ……」


「卯龍」


「たとえ、もう必要ないのだとしても、俺は、この身と心が壊れるまで、翔舞の愛したものを守りたい」


 美海の胸元に頭をうずめる卯龍。


「お前さんの心は、とうに壊れておる」


 美海はその頭に自分のほほを当てた。


「違いない」


 卯龍が皮肉げに笑んだ気配がした。


「それでも、俺は、休まない。俺は、死ねない」


「……そうか」


「不忠実なやつだと思うかもしれないが、ここ十年くらいで『見たい未来』ができて――。だから、死ねなくなってしまった」


 それは美海にとっては意外な答えだった。しかし、嬉しい答えだ。翔舞という過去の存在に縛られた卯龍が、翔舞のいない未来を夢見てくれているのだから。


「与羽の花嫁姿を見るまでは死ねぬか? 孫を抱くまでは死ねぬか? いや、孫はもう抱いておるな」


 二人の最初の子ども――銀龍はすでに隣国に嫁いで子を産んでいる。


「与羽を――、ちゃんと……」


「与羽の状態はわしの耳にも入っておる」


 美海はうなずいた。古狐と中州城に仕える使用人のほとんどが彼女の目と耳だ。


「どれ、わしもそろそろ一肌脱いでみるか。お前さんも辰海も乱舞も、心配していろいろ考えるのは勝手じゃが、おなごのことはおばばに任せい!」


「美海ちゃんは『おばば』と呼ぶにはまだまだ若いぞ」


 得意げに腕まくりする美海に、卯龍のほほもわずかに緩んだ。


「そうか」


 そう嬉しそうに言う美海のほほは、それ以上にゆるゆるだ。


「でも、確かに与羽ちゃんのことは、同じ女の子の美海ちゃんや竜月に頼むのもいいかもしれない」


「わしも若いころはいろいろと悩んだ。ここに嫁ぐ前も、嫁いだ後も。与羽が素直に聞き入れてくれるか、いくばくか不安はあるが、悪いようにはせん。そうじゃな。宮美(みやび)にも手伝ってもらおう。彼女も与羽と同じように悩んだろうしな」


 宮美と言うのは、紫陽(しよう)宮美文官四位のこと。有名文官家紫陽家の出身で、十二歳で文官登用試験を首席で成績で合格。そのあとはほぼ同期の卯龍よりもさらに早い破竹の勢いで大臣位にたどり着き、それから二十年以上その地位にいる現在唯一の女性大臣だ。


「宮美……、か」


 そうつぶやく卯龍の顔は思案顔ではあったが、先ほどまでの陰はほとんど消えていた。


「俺も辰海も、ひとりで悩みすぎたのかもな……」


「お前さんはひとりではないぞ。みんなお前さんの味方じゃ。いつでも頼れ」


 美海の力強いうなずきに、卯龍もうなずき返した。まだ力ないものの、その顔に笑みを浮かべて。

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