五章五節
「竜月ちゃん」
「あ、ご主人様、お帰りなさいませ。何かいい案は思いつきましたか?」
一日城下町の特産品になりそうなものを探して帰ってきた与羽に竜月はそう尋ねた。
「向こうの都合が良いときで構わないんだけど、雷乱を呼んでくれん?」
与羽はそれに答えずに、自分の用件を伝えた。
「あれ? もしかして、ばれちゃいましたかぁ?」
竜月の眉が垂れ下がった。与羽はうなずく。
「ご主人様に黙っていたのは、悪気があったわけじゃないんですよ! 文官を目指すご主人様に余計な心配をかけたくないって雷乱が――」
「わかっとるよ」
与羽はほほえむ。
「雷乱は、城下町の野火のお屋敷でお勉強されているはずです」
「私には署名を求めんかったんだね……」
「申し訳ありません。ご主人様には負担を与えたくないと雷乱が言いましたので。家長の代理として、乱舞様に。保証人は、あたしのお父様とお兄様、九鬼北斗殿と舞行様、一鬼氷輪殿にお願いいたしました」
野火は古狐に仕える使用人家だが、有能な官吏が多い。竜月の父は一位の大臣の右腕として長年仕える上級文官だし、兄は上級武官で中州の間諜をしている。他の保証人も、武官一位の北斗に、与羽の祖父舞行、現在最年長の上級武官一鬼氷輪。非常に良い人選だと与羽は思った。
「そっか……」
少し寂しそうな顔をしてうなずく与羽。
しかし、それだけだった。次の瞬間には、すぐに自分が集めてきたものを並べて、特産品づくりの課題に取り掛かっている。昔の与羽ならば、すぐに雷乱のところへ飛んでいったように思うが、今は自分の目標が最優先なようだ。それが良いことなのか、悪いことなのか、見守る竜月にはわからない。
「これ、柳の葉っぱのお茶なんだって」
一見変わらぬ様子で、与羽は並べた一つを指さす。小さな茶筒には、くすんだ緑色の乾いた植物片が入っている。
「『川柳』とは違うんですか?」
緑茶の一種に、「川柳」と言うものがある。茶葉の形が、柳の葉っぱに似ていることからつけられた名前だ。
「違うよ。これは、本物の柳の葉っぱで作ったお茶。昔、漢方の本で柳の葉っぱを使ったお茶を見たことがあったんよね。中州城下町と言えば『柳』だし、どこかに絶対城下の柳を使ったお茶っ葉があると思って探したら、案の定あった。これを、細かい粉末にして、抹茶餡を作るのと同じ要領で白あんに混ぜる」
与羽は説明しながら、すり鉢で茶葉を砕きはじめた。
「確かお抹茶は、茶葉の収穫前に日を遮って葉を柔らかくするんでしたっけ」
「そうそう。しかも、茎や葉脈をとった葉っぱの柔らかい部分だけを粉にするから、あんなに細かく、溶けやすくなるんよね。さすがに茶葉の育て方や収穫まで工夫するには時間が足りんから、今回は細かく砕いて粉茶にする。竜月ちゃん、石臼の準備をお願いしてもいい?」
葉脈や茎などの繊維質で硬い部分を指でつまんで取り除きつつすりつぶしているが、より細かく粉状にするために、石臼による仕上げを行う。できあがった柳茶の粉末を白あんに混ぜ込んでみるが、元の茶葉の色が緑と茶色の混ざった枯草色なので、抹茶餡のようなきれいな緑には染まらない。
「柳の葉のお茶は、漢方の本にも載るくらい体にいいらしい」
与羽は白あんの味を確かめながら、つぶやいた。
「あんまり風味がないね。まぁ、変に癖があって食べにくいよりはましか」
「このあんでおまんじゅうを作るんですか?」
竜月が尋ねる。
「そこを悩み中……。城下町周辺で小麦は作ってないから、お米を使いたいんよね。道明寺粉を使って桜餅みたいにするか、団子粉を使ってみるか、米粉で生地を作って饅頭みたいにするか……。試しに、柳の葉っぱをとってきて塩漬けにしておいたから、試験の締め切りごろには柔らかくなっとるはず。本当は、春ごろに新しくて柔らかい葉っぱを摘んできて塩漬けするのが良いんだろうけど、そのあたりはお菓子の作り方といっしょに説明を入れとく予定。クチナシやよもぎ粉、抹茶も用意したから、生地を染めることもできる」
与羽はそう説明して、もう一口作った柳茶餡を味見した。
「餡の味は風味が強いわけでもなく、普通。生地も奇をてらった味付けにするつもりはないから、完成するお菓子の味自体はその辺の和菓子と変わらん。見た目と素材で勝負」
「あたしもお手伝いしましょうか?」
姫様の筆頭女官を自称するだけあって、竜月の女官としての能力は多岐に及ぶ。菓子作りも彼女の得意分野だ。
「ありがとう。でも、大丈夫。私が、自分でやらないと、意味がない」
しかし与羽は竜月の申し出を断った。これは、自分の試験なのだ。
「でも、四次試験は人に協力して頂いても大丈夫で――」
「それは、分かっとるけど。でも、私は、自分の能力を証明しないと……」
与羽は顔さえあげない。
「はい……」
女官と言う立場上、それ以上言い返せず、竜月は頷かざるを得なかった。




