五章二節
「というか、竜月ちゃん、なんでそんなに辰海や絡柳先輩の昔のことに詳しいん?」
与羽の質問に、竜月は少しだけ小さくなった。
「……ごめんなさい。ご主人様の助けになるかと、ちょっとお話を聞きに行っちゃったんです……。全然役に立つ助言はもらえませんでしたけど……」
「それはそうだわ」
「絡柳先輩は、『俺たちのやったことをなぞる必要はない。自分ができること、自分がやりたいこと、自分が一番得意なことをやるべきだ』って言ってました」
「うん……」
そう言われても難しい。
「貸本屋のやつとか、私が前々から色々と知識を持ってしまっとる課題も多いんよね……」
すでに辰海や絡柳はじめ、中州の官吏たちがある程度の模範解答を作り上げてしまっているものについては、その模範解答を知ってしまっている以上取り組めない。
「議事録や記録とる系は苦手だし……。一つは、中州城下町の特産品制作で決まりなんよね。城下町って、おいしいものはたくさんあるけど、これと言った名産の作物もなくて、城下町独特の土産と言ったら、中州城や城下町の絵や文字の入ったせんべいやおまんじゅうとかが多いじゃん? なにか、中州城下町やその周辺でとれるものでお菓子か何かを作れんかなって思って。
あとは、これからの周辺国とのかかわり方とか、中州の文化や技術力向上のために何をするべきかとか。そのあたりなら、黒羽や風見に行った経験も生かせるし、書きたいこともある。時間が一ヶ月しかなくて、あまりいろいろ調べる時間はないから、どっちか一つだけになるかもしれんけど……」
事前知識があるとはいえ、本当に自分が官吏になって、国として行う事業の計画を立てるとなると、さらにたくさんの資料を読み込む必要がある。理想を述べるだけでなく、それを実行するための時間や人員、予算の計算とそれをどうやって得るかなど、理想を実現するための手順も必要になるのだ。
「辰海や絡柳先輩が三つとかそんなにたくさんの課題を提出できたって言うのは、絶対にこの試験が始まる前から国についていろいろと調べて考えとったってことよね」
ああすれば、こうすれば中州はもっと良くなるという理想をずっと具体的に描き続けていたのだろう。そして、その力は、官吏になったあともずっと必要になってくる能力だ。
「私はまだ、理想を――きれいごとを言うだけの人間。それを実現できる力が、私には必要」
「はい……」
ひどく険しい顔で言う与羽に、竜月はただ頷くしかできなかった。最近の悩みながら、少しずつ成長していこうとする与羽も素敵だと思うが、昔の少し皮肉めいた笑みを浮かべつつも、明るくはつらつとした無邪気な与羽が懐かしい。今の与羽は無理をしているのがありありと見えて、心配になる。
「今日はまず何をなさいますか?」
竜月は与羽の笑みのない顔を見て尋ねた。与羽が竜月を見返す。
「竜月ちゃん……」
与羽は淡い笑みを浮かべた。
「そんなに不安そうな顔をされるとなんか、申し訳なくなる」
「え!? あ! 申し訳ありません!!」
「大丈夫。ちゃんと試験受かるようにがんばるから。それとも、竜月ちゃんは、私が試験に落ちて辰海か誰かと結婚する羽目になった方が、私を世話できる機会が増えていいんかな?」
与羽の口が、見慣れた悪戯っぽい笑みの形になる。
「そんなわけありません!!」
竜月はきっぱりと否定した。
「ご主人様が文官になられるならと、あたしもご主人さまのお役に立てるよう、下級文官志望の旨を漏日大臣にお伝えしたんですから!!」




