四章四節
「そうなのですか?」
与羽が母親似だと言うことは時々耳にしていたが、彼女を気遣って詳しい話をする者はいない。避けていた両親の話を聞くいい機会なのかもしれない。
「ええ。色彩は翔舞様そのままですが、顔だちにはわたしの娘の面影を感じます」
「母は……、どんな人だったのでしょうか?」
父親は周りが迷惑するほど明るくて、大胆で、愉快な人間だったと言う。それに妻として添っていた母親。
「普通の――、身内としてひいき目を入れさせていただけば、美人な娘でしたよ。姫様と同じようにというのは恐れ多いですが、良く日に焼けていて、元気で無邪気で。子どものころは小作人たちと一緒に畑田で泥だらけになって遊んでいました。その遊び仲間に、よくお城での勉強を抜け出していた翔舞様や、それを追いかけてきた卯龍様もいらっしゃいました。梓――、私の娘は面倒見の良い子でしたから、翔舞様を弟のようにかわいがっていたようです。翔舞様は幼いころから無茶をなさる方でしたから、生傷の絶えない翔舞様を放ってはおけなかったのでしょう」
彼の話す父と母の子ども時代が、自分のそれと被る気がして、与羽は無言でうなずいた。
「娘が翔舞様との身分の違いを意識して、避けるようになってからも、翔舞様はなにかと相談や世間話をしにうちへいらっしゃっていました。門を通らず、あの高い石垣や塀をよじ登っていらっしゃることもままあって、困ったものです」
「すごい……」
与羽の学友、漏日天雨がこの集落の奥に暮らしていることもあり、与羽も周辺の石垣で遊んだ経験がある。しかし、敵の侵入を防ぐ目的で作られた石垣は石の継ぎ目が平らで、うまく指が引っ掛からない上に角度も急で、ひどく登りにくかった。そこを登って、さらに高い塀すら乗り越える父はきっと並外れた身体能力を持っていたに違いない。
「まぁ、翔舞様の使っていた鉤縄でうちの塀にはたくさん傷をつけられましたけどね。翔舞様自身は、何の報せもなく門前に自分が現れたら、わたしや門番たちが慌てると気をつかっていたつもりのようでしたが……」
「改めて父の破天荒さを思い知らされました」
当時の父親に振り回されていただろう人々を思うと、申し訳なさを感じた。
「はい。その勢いに巻き込まれて、気付けば娘は翔舞様に嫁いでいましたよ。翔舞様には身分の違いなど全く関係ないことだったのでしょうね。梓は面倒見の良い子でしたから、大人になっても子どもの時と変わらず生傷を作って辺りを駆け回る翔舞様を放っておけないと言っていました。翔舞様も梓の叱責には素直に従っていたようですし」
「いい夫婦だったのですね」
「そのように思いますよ。結婚後も翔舞様はよくうちに来て、近況を教えてくださったり、世間話をしてくださったりしましたし」
祖父の話を聞いて、与羽は自分の心がじんわりと温まるのを感じた。素敵な両親だったのだという安心感。しかし、同時にそんな両親に会ってみたかったという寂しさも湧きおこる。
「そう、なのですね」
与羽は穏やかにほほえんでうなずいたが、心の揺れが言葉を少し詰まらせてしまった。
「はい」
老爺も穏やかに笑みつつも、その目の奥には悲しさが見える。与羽が母を失っていると言うことは、彼自身も娘を失っていると言うことなのだ。親よりも先に子が亡くなってしまうのが、とてもつらいことであるのは想像に難くない。
「貴重なお話をありがとうございました。えっと……、おじい、ちゃん」
ためらいつつも与羽はそう言った。幼少期から今まで全くの他人のような関係で生きてきたが、両親の話を聞き、わずかでも彼の娘を失った悲しみに触れ、ほんの少しだけ他人以上のものを感じられたように思う。
本当の血縁者のように振舞うには知らないことが多く、まだまだ難しい。しかし、これから少しずつでも、このもう一人の祖父とその家族たちとも近づいていければいい。「おじいちゃん」と呼ばれ、目をまるくして言葉を失っている老爺を見て、与羽はそう思った。




