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四章二節

「は?」


 北斗が眉根を寄せる。


「今の与羽を見てて、興がそがれた。こんな奴の将来を保証する気にはなれない」


「大斗」


 大斗の人の好き嫌いが激しいことを知っている北斗は、いらだたしげに彼の名前を呼んだ。


「だってさ、そんなしおらしい、不安な態度で官吏になれると思ってるの?」


 大斗の言葉は与羽に向いている。


「与羽が文官を目指すってことは、最終的には一ケタ台の上級文官にならないといけないんでしょ? お前、どれだけ他の官吏から出遅れてると思ってんの? 君と同い年くらいの有能な文官は、十二、三で試験を通過してる。古狐も漏日ももう上級文官なんだよ。それだけじゃない。お前たちより少し若いところには、紫陽や橙条もいる。有名文官家出身者がひしめく中で、それに追いついて追い抜かさないといけないのに、その態度は何なの? 親父は、それでも与羽を無理やり上級文官に押し上げるつもりなんだろうけど、俺はそこまでしてやる気はないよ。お前からは、たくさんの若手官吏を追い抜いていけるような気迫を全く感じない」


「大斗、言葉を慎め」


 父親がたしなめるが、大斗は「そんな価値ない」とそっぽを向いてしまっている。


「ごめんな、与羽ちゃん。こいつは気分屋なんだ。許してやってくれ」


 大斗の頑なな様子に、北斗は眉を下げて与羽に謝罪した。


「俺の署名で構わないか?」


 そして北斗が筆を執る。与羽はうなずきかけた。うなずきつつ、こちらを見ない大斗の横顔を見て、「待ってください」そう声を発した。ここでうなずくのは、妥協だ。それは、許されない。


「大斗先輩の、言う通りです……」


 ぽつりとそうつぶやく。こんなことで負けていては、大斗の言う通り、上級官吏なんて目指せない。


「辰海や、アメや、絡柳先輩たちは、とても頭が良くて、努力家で――。私は、彼らほど頭は良くないかもしれないし、体力もない……。彼らに追いつかないといけないのに、私には、彼らに勝るものがない。自信がない。その通りです。それでも――!」


 与羽は大斗の横顔をまっすぐ見た。不安でいっぱいでも、自分は上級官吏にならなくてならないのだ。


「私は、署名していただけるなら、大斗先輩に書いていただきたいです」


 もちろん、北斗の署名で充分な力を持つし、むしろ今の時点では大斗よりも北斗の名前の方が力を持っているのだが、この状況で北斗に署名してもらうのは、逃げるようなものだ。

 大斗のほほがピクリと動いたが、視線がこちらを向くことはない。そこに与羽などいないかのような、無関心な態度は崩れなかった。


 将来を考えれば、乗り切れるかどうかわからない未知の障害がたくさん見えて、不安で不安で仕方ない。それに屈しない、くじけない自信もない。それでも、今この場で大斗の署名をもらうくらいのことはやり遂げなくては。


「大斗先輩、書いてください。お願いします」


「それは命令?」


 大斗が冷ややかに尋ねる。


「違います。私の願望です。お願いします」


「大斗、書いてやってくれ」と、北斗も筆を彼に差し出して頼んでくれた。


「今のお前は嫌いだ。不安いっぱいで、迷ってて、つまらない人間」


 表情を動かさず、大斗が与羽を見る。


「……はい。今の私に、自信が欠如していることは、認めます」


「それでやっていけると思ってんの?」


 答えは「いいえ」だ。しかしそれを口には出せない。


「…………。少なくとも、今はまだあきらめる気はありません」


 この先はわからないが、今の大斗はまだ乗り越えられる壁だ。

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