一章一節
色づいた葉が散るとすぐ、中州城下町には冬の気配が立ち込めはじめた。西の山脈が白くなりはじめ、強い風が吹くと晴れていても雪花が舞った。道行く人は、背中を丸めてそれを目で追いながら、掻き合わせた襟元を押さえて足早に家路を急ぐ。
その間をあわただしく駆け回るのは、借金取りだ。この国では、貨幣と品物、または品物と品物の交換による買い物を行う場合が多いが、時々ツケで買い物をする者もいる。盆前後と年末のこの時期、そういう人にツケを支払ってもらうために、各商家の者や商人に雇われた借金取りたちが帳面片手に城下町中を走り回るのだ。
まだ霜月(11月)であるにもかかわらず、こんなにあわただしいのは、今年の夏にあった戦のせいだろう。どこもかしこも例年よりやることが増えている。
特に、城はてんやわんやの大騒ぎだ。ツケの支払いを要求する商人が城にまで押しかけてくるし、年末や新年用の商品売り込みにも余念がない。
あわただしい人の出入りが、官吏たちの集中力を著しくそいでいく。戦の後始末や、旅を通して得た近隣国の情報の整理、新しく行うことになった交易の計画、戦のせいで延期されてしまった官吏登用試験の準備、新年準備などなど、今の中州城には重要な案件が並行して多量に存在していた。
しかも、文官第一位の大臣、古狐卯龍をはじめ、能力のある官吏の一部が敵国近い南の砦に派遣されている。仕事が多いにもかかわらず、人は足りていない。城内は緊張といらだちに満ちていた。一部の上級官吏は家に帰る時間さえ惜しみ、城の客間を借りて寝泊りしているほどだ。
与羽は彼らが寝に戻る時間を見計らって、城主の執務室へと滑り込んだ。とうに日は暮れ、部屋の隅と卓上に置かれた明かりを頼りに書き物をしていた兄――乱舞が顔を上げる。
「乱兄」
乱舞一人だったことに安心しつつ、与羽はかしこまった口調でそう声をかけた。
「少し、時間いい?」
「いいよ」
乱舞はそうほほえんで、今まで向かっていた書類をわきにどけてくれた。
与羽は彼の近くまで歩み寄り、机を挟んで正座する。そして、小さく息を吸い込み――。
「私、官吏になりたい。文官に」
ゆっくりと、はっきりした口調でそう言った。
「なんで?」
穏やかな笑みを崩さず、乱舞はそう問う。
「今の私は中途半端だから……」
何度も考えたが、与羽にはこれ以上の理由を見つけられなかった。
「今回の旅で痛感した。私は官吏じゃないし、姫にもなりきれない。中途半端で、権限もない。乱兄を助けて、中州をもっといい国にしていきたいのに、今の私じゃそれをうまくできん。官吏になって乱兄を支えたい。
嵐雨の乱の前、みんなが私を思って戦の情報を教えてくれんかった。みんなの気持ちはわかるけど、やっぱり教えてほしかった。黒表紙の歴史書とか、知らんことがたくさんあるってわかった。なんか……、何も知らん、守られるだけの姫君ではいたくない。汚い部分でもいい。中州のことは全部知りたい。知ったうえで、大好きなこの国を守りたい。それなら、官吏にならんとって思った!」
与羽は兄の顔を見た。その笑顔の裏で、彼はいろいろなことを知り、悩み、国を守り導いているはずだ。それを知りたい。彼の助けになりたい。
「君がこの国を好きなのは知ってる。でも、官吏になったら君のきれいごとは通用しないかもしれないよ。君が覚悟しとる以上にひどい歴史が眠っとるかもしれない。それでもいいの? 君は本当に官吏になりたいの? 僕は君には今のままでいてもらって、ずっと理想や希望を言い続ける人であってほしいと思うんだけど……」
乱舞の笑顔は崩れていないものの、口調は厳しい。