三章六節
「もし、与羽が正しくて、僕の方が間違えとったら? 僕が国を荒廃に導こうとしとったら、与羽や君はどうする?」
「何でそんな可能性のないようなことを聞くんですか?」
「まったく可能性がないわけじゃないからね。どうするの? 与羽とともに嘆きながら、中州が荒れていくのを見る? それとも僕や大臣、官吏たちを殺して国を建てなおす?」
「…………」
今度こそ辰海は黙った。完全に悩んでいる。
与羽ならどうだろう。今の与羽なら。
与羽は中州も乱舞も愛している。そのどちらかしか選べないとなったら――。
兄や卯龍、大斗、絡柳――多くの親しい人々の屍に立ち、泣きながらも人々を正しい方向に導こうとする与羽。逆に、泣きながら、周りの人々に間違いを叫び訴え続けつつも無抵抗に殺される与羽。
どちらも想像できてしまう。どちらの与羽も、苦しみ、悲しみ、泣いている。どちらも苦しいのなら、自分は与羽にどちらの道を歩んでほしいだろう。
「……それでも、反逆はしません」
辰海はゆっくりと慎重に答えた。
「与羽が好きなのは、乱舞さんやみんながいる中州です。その人たちを殺そうとは思いません。たとえ与羽がそうしようとしたとしても」
「じゃあ、国が滅びて行くのをただ見るんだ?」
「はい」
深く。重々しく。うなずく。
「本当にそれでいいの?」
「あまりに可能性の低いことなので、与羽がそのとき何を思うか、僕にも正確なことは分かりません。でも、与羽は国のために命をなげうつ覚悟も、国と運命を共にする覚悟もできていると信じます。だから官吏を志したのでしょうし、少なくとも、それが僕の想うまっすぐで強い与羽です」
中州が大好きで、中州に住むみんなが大好きな与羽。彼女はきっと今の素敵な中州が長く続くように、そしてより素敵になるようにと思って、官吏を目指しているはずだ。
「与羽は柳のような子だよ。しなやかさを忘れないで。状況に合わせて曲がることもできるんだ」
「そうですね。でも、柳は曲がってもちゃんともとあったように戻りますから。それに、たとえそれが正しいことだとしても、与羽に自分が好きだった人を殺させたくない。そんなことをしたら、きっと与羽は与羽でいられなくなってしまいます。だから、もし、乱舞さんが言う万が一が起こったとしても、与羽が与羽でいられるように、国とともに、与羽とともに――」
「君は与羽と運命を共にする覚悟なんだね?」
「もちろんです」
辰海は胸を抑えた。懐にはかつて父より賜った短刀がある。もし、与羽に何かあった場合、これでともに逝けるようにと。
あの時はひどく重いと思ったが、その重さは今も変わらない。いや、一層重くなったようにさえ感じる。これはきっと、覚悟の重さなのだろう。
「じゃあさ、逆に与羽の方が間違ってるのに、聞き分けなかった場合は?」
「僕が与羽の間違いに気付いていれば、僕が説得します」
こちらの問いには迷わない。
「なんか、意外」
「今だって、与羽がいき過ぎたいたずらをしたり、礼を欠くことをしたり、与羽自身に不利益になりそうなものはたしなめていますよ。『ちょっと、与羽!』って。乱舞さんも聞いたことありませんか?」
「あ、聞いたことある……」
明るく元気に駆け回る与羽の後ろを、「ちょっと、与羽! 危ないよ!」「迷惑だよ!」と叫びつつ追いかける辰海。嵐雨の乱以前は日常風景であったにもかかわらず、失念していた。
「与羽の間違いは、僕が正します。聞き分けるまで。安心してください」
「なんか、辰海君は与羽の恋人になりたいのか、お兄さんになりたいのか、時々わからなくなるよ」
今の辰海のセリフはよくできた兄のそれに聞こえた。




