三章五節
「そっか……」
辰海の直接的な言い回しに、乱舞は苦笑している。
「辰海君は、与羽が官吏になっても大丈夫だと思ってるんだね?」
「大丈夫なように、僕が守りますので。いつまでも今の与羽であり続けられるように。傷つくことはあると思いますが、それがちゃんと全部治せるように守ります」
「なんだろう。なんだか、すごく緊張するんだけど……」
乱舞の苦笑は深まる一方だ。
「僕もです」
同じように軽く笑みを浮かべて、辰海は乾く口を潤すために、少しお茶を含んだ。乱舞も同様だ。
「じゃあ、次は、中州城主からの質問」
そして乱舞から笑顔が消えた。
「もし、僕や卯龍さん、絡柳――、与羽以外の官吏が何かしらの決定をしたとして、それが与羽にとってどうしても受け入れられないものだったら、君はどうする?」
その声は先ほどよりも低く、厳しい。
「…………」
その問いに、辰海が一瞬止まった。いや、答えはすぐに出たが、それを口に出すのをためらったのだ。
「……それでも――」
そして辰海は、自分の答えを素直に口にした。
「それでも僕は与羽につきます。城主や大臣たちには悪いですが……」
国か与羽、どちらかを選べと言われれば、迷わず与羽をとる。わかっていたことだが、それを国の長である乱舞の前で明言するのはひどく緊張した。
「それは中州国の官吏として許されないことだよ」
「分かっています。それでも、僕は――」
すべての官吏は、国と城主に忠誠を誓う。辰海の選択はそれをたがえることにほかならない。それでも、辰海は官吏としての自分よりも、与羽を想う個人としての自分を選ぶ。
「そうなったら、君たちには何かしらの罰を与えんといけなくなると思う。場合によっては、極刑も」
大臣や城主の決定は絶対で、それに異を唱えて国政を揺るがすことは罪だ。
「与羽がそれを受け入れる気なら、僕も従います」
「受け入れんかったら? 反逆するの?」
乱舞の目は、先ほどまで穏やかに笑んでいたとは思えないほど冷めている。
「与羽は絶対そんなことしません」
与羽は、国のことも、乱舞のことも、官吏や国民、みんなが大好きだ。そんな与羽が、乱舞や他の官吏たちに反旗を翻すなんてことは想像できない。
「断言できるの?」
「乱舞さんはできないんですか?」
辰海はあえて、「城主」ではなく、「乱舞」と名前で呼んだ。実の兄である乱舞自身が、妹のことをわかっていないのかと問うつもりで。
「僕は、……わからない」
乱舞の答えは正直だった。自嘲気味に笑んだその姿は、中州城主ではなく、ただの二十歳過ぎの青年に見えた。
「言い訳をするつもりはないんだけど、僕はまだ経験も知識も足りない。官吏は有能で信頼しているけど、未熟な僕は、間違った選択をしてしまうかもしれない。与羽が官吏になって、いつか大臣になって、僕と違う選択をするかもしれない。その時、もしかしたら、与羽の選択の方が正しいかもしれない。そうなったとき、与羽はどうするんだろうって、最近思うんだ」
力なく笑む乱舞は、客座敷の調度品をゆっくりと見回している。
ほこり一つなく磨き上げられた古箪笥の上には、水しぶきが描かれた花瓶。屏風には滝が描かれ、そこを龍が登っている。
辰海はその横顔を静かに見ている。与羽も稀にこんな寂しそうな顔をするなぁ、と小さく胸を痛めながら。




