三章四節
* * *
「辰海君、ちょっといいかい?」
中州城での朝議が終わったあと、今回の議事録を卓に広げて墨を乾かしていた辰海に声がかけられた。
「乱舞さん、どうされましたか?」
すぐに顔をあげて、声をかけてきた中州城主の顔を確認してそう問い返す。
「ちょっと二人きりで話がしたくて」
「わかりました」とうなずいて、近くにいた古狐系官吏に議事録の墨が乾き次第、辰海の執務室に運ぶよう頼んで、乱舞の案内に従う。
頼まれた官吏は辰海と乱舞が内密な話を行うらしいと察して不安な顔をしたが、辰海は全く動じていない。乱舞の話したい内容には、心当たりがあったからだ。
乱舞は辰海を客座敷の一つに案内した。来客をもてなしたり、高官と内密な話をしたりするときに使われる部屋だ。事前にこの部屋を使うことに決めていたようで、中央の卓には熱いお茶の入った急須と湯呑が二つ用意されていた。
「楽にしていいよ。官吏としてと言うより、辰海君個人と話したいんだ」
乱舞が卓の前に座って、辰海にも座るよう手で促す。
「はい」
乱舞の言葉で、自分の想像が間違っていないことを確信して、辰海は示された場所に腰を下ろした。机の角をはさんで、斜めに向かい合って座る。
「与羽がさ――」
みずからお茶を二人分注ぎ、一息置いてから、乱舞がゆっくりと話しはじめる。
「与羽が、官吏になりたいって話は、もう知っとる?」
「はい」
辰海はうなずいた。与羽がずっと悩んでいることは知っていたし、官吏登用試験を受けようとしているのもかなり早い段階から情報を得ていた。そして先日は、試験を受けるための保証人になって欲しい言う依頼も受けた。
「じゃあさ、そのことに関して、辰海君はどう思っとる?」
乱舞はまっすぐ辰海を見ている。眼光は穏やかだが、なぜか見ている相手に緊張感を与える目だ。
「僕は……」
そう言って、辰海は小さく息を吸った。
「与羽の望みを叶えてあげたい。与羽が望むのなら、官吏にしてあげたいです。文官なら。武官なら止めていたかもしれません。それでも与羽の意志が固いのなら、認めますけど……」
与羽が官吏になることに対する不安はあるが、彼女が望むのならそれを叶えてあげたいという気持ちの方が強い。
「けど、与羽が官吏になったらいっぱい傷つくと思わない? 与羽には結構つらいこともあると思うんだ。体力的にも、精神的にも」
乱舞は辰海の不安を正確に突いてくる。
「そうですね。でも、それでも、与羽が望むなら官吏に――」
「辰海君は、今までも良く与羽の面倒を見てくれたよね。与羽のわがままやいたずらに、いっぱいつきあってくれた」
唐突に過去の話をはじめる乱舞。話の着地点を見極めるために、辰海は湯呑に視線を落とした彼の横顔を見た。
「あれってさ、与羽に流されてたの? それとも、自分で望んで巻き込まれてたの?」
「僕が、望んで、与羽のそばにいます」
辰海が与羽に恋心を抱いているのは、乱舞もとうに気付いていることなので、辰海はあえてそんな答え方をした。
「与羽の望みを叶えてあげたいのも、与羽がそうしたいからではなくて、『僕が』与羽の望みを叶えてあげたいからです」




