三章三節
「乱舞は小さいころから、城主になる定めを負ってきた。わしは老いぼれで、本来城主であるはずの父はいない。乱舞が逃げれば、与羽が城主にならざるを得ない。与羽を城主にするのは、絶対にやりたくなかったようじゃ。『自分が城主になる。みんなを導く。みんなを守る』そんな気持ちを、幼いころからずっとずっと抱き続けとった。城主としての自覚なら、翔舞より上じゃな。あいつは、わしがぴんぴんして元気なのを良いことに、ひたすら遊び暮らしておったから」
「うん……」
いつも穏やかでニコニコしている乱舞からはなかなか想像できないが、城主として常に努力しているのは知っている。
「乱舞が本気で城主を務め続けとる一方で、与羽がどんな気持ちで官吏を志そうとしておるのか、不安なんじゃろう」
「乱兄は、逃げてもいいって言ってくれた。自分は、絶対に逃げられないのに……」
それに気づいた瞬間、与羽の胸がチクリと痛んだ。
「乱舞は本当にやさしい子じゃのぉ」
「私、乱兄に甘えすぎとる……」
思ったことを素直に口にする。
「私が、乱兄を楽にしてあげんといけんのに、負担をかけてしまっとる!」
官吏を志すことが、乱舞に余計な心配の種を植えることになってしまっている。
「焦るでない」
しかし、老年の元中州城主は穏やかだ。
「まだ準吏ですらないお前さんが大したことをできるわけなかろう。嵐雨の乱のお礼巡りも、今までの功績も、ほとんど全部同行してくれた絡柳や辰海、大斗の手助けがあってこそじゃ」
さらりとそんな残酷なことを言っている。
「うん……」
「今はそれでいいんじゃ。準吏になり、官吏になり、そうする中で与羽にしかできぬことが見つかる。そこでやっと乱舞や他の官吏たちの役に立てよう。そこから、たくさん乱舞やみんなを支えていけばよい。今の与羽はひよっこで、他に人に甘えても許される時期じゃ。今のうちに甘えて、いろんなことを教えてもらうがよい。わしも、できる限りの協力はする」
「……ありがとう」
未熟なのはわかっていたが、改めて言われるとなかなか悲しいものがある。
「与羽、あまり悩むな。物を考えるのはお前さんの仕事じゃない。難しい考え事は、絡柳や辰海のような頭の回る人間に任せておけ」
舞行の言葉は自信満ちている。
「え?」
考えるのが文官の仕事ではないのか。
「わしには与羽の良いところ、与羽にしかできないことが見えておる。大丈夫じゃ。お前さんは将来、きっと乱舞や国の役に立つ。安心して前を向けばよい」
歳をとっても、長年国を治めてきた彼の言葉にこもる力は衰えていない。彼の言葉はすっと信じられた。与羽が、――今は自信を喪失してしまっている与羽が、なんとか縋り付くものが欲しくて、信じ込もうとしているだけかもしれないが……。
「うん」
疑問や不安を抱きつつも、うなずく与羽に、舞行はそれよりもさらに強くうなずき返した。




