三章二節
与羽はすぐさま、次の行動に移る。
上質な和紙で作られた便箋を取り出し、まずは兄宛てに官吏登用試験の家長欄に署名が欲しいことを伝える内容を書く。
そして、他の便せんには丁寧な字で自分が官吏登用試験を受けることと、その際の身元の保証人になってほしいこと、署名をもらうためにうかがえる都合のよい日を教えてほしいことなどを書いた。送る相手によって、少し文句を変えつつ六つの手紙を書きあげ、与羽はそれを自分が最も信頼する使用人――竜月に託した。
「できるだけ早くお返事を受け取ってまいりますね!」と勇み足で出ていく筆頭女官を見送って、与羽は試験勉強に戻る。
一番最初に返事が返ってきたのは、同じ屋敷にいる祖父――舞行だ。返事と言うよりも、本人が与羽の出した手紙を大事そうに持って、直接部屋に来た。
「じいちゃん」
与羽はほほえむ。
「文官になるんか」
祖父は与羽以上に深い笑みを浮かべている。
「うん」と与羽がうなずく。
舞行はそれに浅くうなずき返して、与羽の向かう机に広げられた書類を確認した。
「乱舞より先に来てしまったか……」
家長欄が空欄なのを見て舞行は少し申し訳なさそうな顔をした。
「残り四人の保証人は誰にする予定じゃ?」
しかし、すぐに気を取り直したのか、そう尋ねてくる。
「古狐、九鬼、赤銅、あとはもう一人のじいちゃん」
与羽はよどみなく答えた。舞行がうなずいたところを見ると、それで問題ないようだ。
「それなら、わしは三番目に名前を書こう」
与羽の部屋にも筆と墨はあるものの、舞行は自分の愛用する道具を持参していた。手に良くなじんだ筆に墨をしみこませると、右から三番目の欄に勢いのある文字で署名した。
「上座二つは、古狐と九鬼」
与羽がつぶやくと、舞行は「その通りじゃ」と頷いた。
「わしは老い先短い。何かあれば、古狐と九鬼を頼りなさい」
「……うん」
「あと、これは参考になるかどうかはわらんが、わしの叔父の日誌じゃ」と、舞行は数冊の本を与羽に渡した。
「日誌と言っても、仕事のことを書き留めた覚書帳のようなものじゃが……」
「おじさん?」
舞行の叔父ならば、与羽の曽祖父の弟と言うことだ。確か、彼も文官を志し、最終的には第二位の大臣まで上り詰めたはず。
「今は難しいかもしれぬが、お前さんが官吏になったとき、この日誌の内容が参考になるかもしれぬと思っての。すぐに読む必要はない。お前さんが官吏として困ったときに読むとよい」
「『官吏として、困ったときに』」
与羽は祖父の言葉を繰り返した。
「わしや乱舞は、中州城主と言う立場から逃げられん。じゃが、叔父やお前さんのような官吏は、辞めようと思えば辞められる。……乱舞には厳しいことを言われたか?」
「……少しだけ」
――消去法なんだね?
――まだ迷ってるね。
そんな乱舞の言葉が思い出されて、心に刺さる。




