二章九節
橙条大臣の気配が完全に消えてから、絡柳は再びかすみに向き直った。
「華金の情報屋からです」
先ほどの質問の答えを述べる。
「情報屋のお名前は?」
「四ッ葉屋秋兵衛」
「……そう」
やはり、目元しか見えない上に伏目がちな彼女の表情は読み取りにくい。二人のやり取りを黙って見守る比呼は、彼女の表情に変化がないか注視した。
「かすみ殿は、四ッ葉屋どのと面識がおありなのですか?」
「いえ」
「それでは、なぜ彼はあなたのことを知っているのでしょうか? 心当たりは?」
「わたくしが、華金出身の遊女だからでありゃんしょ」
それだけ答えて、彼女の瞳がわずかに揺れた。何かをためらうように。さらに問いを重ねようとした絡柳を、比呼は動作で止めた。彼女の決断を待つためだ。
「……いえ、私はもう中州に組みすると決めた身」
待った時間は十数秒だった。彼女の口から、そんな言葉が漏れた。その声は、先ほどまでの鈴が転がるような高く澄んだ声ではない。わずかに低いその声に、比呼はいち早くこの遊女の正体を察して目を細めた。
「正直に名乗りましょう。私は華金国第七王子。華金王から与えられた名はないので、今のまま『かすみ』とお呼びください」
「あなたの言う華金の第七王子は、現在第四王子に繰り上がっている方でしょうね。外つ国の王家に連なる女性を母に持つ、外つ国の人々の容姿を強く受け継いだ王子。長らく死んだものと思われていましたが、三年か四年前くらいに王位継承者として名乗りを上げ、その他の人ならば持ちえない外つ国の人々特有の容姿から、正式に華金王と外つ国の姫の子と認められた。という話でしたね」
驚きですぐには言葉が出ないらしい絡柳に代わって、比呼が自分の知っている華金の第四王子に関する話をした。四ッ葉屋秋兵衛には、あまり第四王子について知らない風を装ったが、これくらいの情報なら持っている。
「誰か、死にましたか……」
「爽州の第三王子が継承権を放棄しました。第五王子と第六王子は亡くなりました。ご存じありませんでしたか?」
「私は、ずっとここにいましたので、華金の情報は全く……」
「それだと今華金で確認されている第四王子の存在とは矛盾が――」
「申し訳ないが、順を追って説明してくれ」
比呼とかすみで話が進みそうな状況に、やっと絡柳が割り込んできた。珍しく混乱しているらしい。いらいらと自分のこめかみあたりの髪をかき乱している。
「私は華金の第四王子です。証明手段は、この母から受け継いだ容姿のほかにありませんが、珍しい色彩と母によく似た面差しから正式に華金の王位継承権を持つものと認められているようです。
ご存知の通り、華金の王位争いはし烈を極めます。私の母はとある外つ国の王家の血を継ぐものですが、華金で後ろ盾となるようなものはおりません。母の国からここまでは遠すぎますから。他の王位を争う貴族たちは、我々が生まれると同時に我々を闇商人に売り渡しました」
「我々?」
「私は双子なのです。華金で双子は、ひとりの人間が二つに分かれたもので、半人前の存在として忌まれています。あ、ちなみにですが、私は男です」
「それは、……声でわかる」
かすみは、王子であると告白した時から、口調だけでなく声も変えていた。こちらが本来の姿なのだろう。
「私と片割れはそれぞれ違う場所へ売られた上に、ものごころつく前の出来事だったので、長らく自分の出生も兄弟がいることも何も知らずに、色々な見世物小屋などを転々と売られていました。そう、先ほど四ッ葉屋秋兵衛を知らないと申し上げましたが、もしかしたら『彼』がその人か、四ッ葉屋秋兵衛と交流のある人物だったのでしょう。六年前くらいでしょうか。私はとある商人に買われ、そこで私が華金の王位継承者であること、双子の片割れがいることを教えられました。そして、本来銀色だった髪を黒く染められ、この中州の遊郭へ売られました。その時に、『黒髪の遊女を装うように』と言われました。当時は意味が分かりませんでしたが、おそらく華金の王位継承者がここにいると華金に知られてしまえば、この遊郭だけでなく中州にも迷惑がかかるからでしょうね」




