二章八節
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絡柳、比呼、橙条大臣の案内された部屋は、かなり上階に位置していた。
調度品は中州城の高官をもてなす部屋にあるような一級品ばかりで、板敷きの床は磨き抜かれ、真新しい毛織物が敷かれている。師走であるにもかかわらず、部屋はよく暖められ、どこかで香がたかれているのか、あたりには淡く伽羅の香りが漂っていた。
部屋の隅には、長い黒髪の女性がややうつむきぎみに座っている。貴族の娘のような品の良い姿勢と身だしなみに絡柳は少しだけ遊女に対する認識を改めた。
「かすみちゃん、水月大臣って知ってるでしょ? この人なんだけど、なんか難しい政治的な話があるみたいだから、聞いてあげてくれない?」
案内の下男が退室してから、橙条大臣がうつむいたままの遊女にそう声をかける。
「かすみ殿、お初にお目にかかります。中州国文官第五位、水月絡柳と申します」
絡柳は初対面らしく、かしこまった態度で名乗った。
「かすみでありんす」
相手の遊女は、長い黒髪をさらさらとほほに垂らしながら、深くこうべを垂れた。彼女がゆっくりと顔を上げると、与羽のものよりもさらに青い瞳がさりげなく比呼に向けられた。
「比呼、と申します」
そこで比呼も簡潔に名乗る。
「よろしゅう」
かすみは穏やかな笑みを浮かべて、比呼にもあいさつをした。
背に流された長い髪は、座敷に扇状に広がっている。目は、秋空を思わせるような澄んだ青。肌はおしろいの効果もあるのだろうが、雪のように白い。はっきりした目鼻に、座っていてもわかる長い四肢。纏うのは、金銀をふんだんに使い、模様も細やかな最上級の打掛だ。
絡柳には遊女はあえて着物を着崩して男性の目を惹くものと言う印象があったが、彼女はしっかりと襟を掻き合わせ、非常に品の良いたたずまいをしている。
「銀髪青眼の遊女とはあなたのことでよろしいでしょうか?」
絡柳の問いに、彼女は絡柳の目を見た。いつの間にか、布地のたっぷりした袖で口元を隠してしまったため、表情が読み取りにくい。
絡柳はその目をまっすぐ見返した。事実を知るまで引く気がないことを示すために。
「……そうでありんす」
しばらくのち、かすみはそうつぶやいて目をそらした。絡柳は浅くうなずく。
「このたびは、かすみ殿が中州に有益なことをご存知かもしれないという情報を入手しましたので、お話を伺いたく参りました。極秘の用件ですので、人払いをお願いできますか?」
絡柳はいつもの硬い話し方で用件を伝えた。
「絡柳ちゃん、ここは遊郭よ? ちょっと遊んでからでもいいんじゃない?」と橙条大臣が言うが、彼の周りには執務室にいるような厳しく張りつめた空気が漂っている。橙条大臣の軽口も完全に無視だ。
「その情報はどちらから?」
かすみは、まじめな様子でそう返した。
どうやらこのまま情報交換が行われるらしい。その緊張感を察した橙条大臣が、「俺は人払いついでに、遊んでくるから」とその場を素早く辞す。彼なりの気づかいなのだろう。
「外で勝手に遊んだ分の金は持ちませんので」
その背に絡柳はきっぱりと告げた。
「絡柳ちゃんのケチ!」と言う叫びが聞こえたものの、帰ってこないところを見ると、橙条大臣はそれで了承したらしい。




