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序章 - 二

 最初に訪れた国――黒羽(こくう)の国府は広大だった。どこまでも屋根が広がり、町の中央に巨大な天守閣が目立つ城が建っている。与羽はそこで、銀龍(ぎんりゅう)と再会した。幼馴染の姉で、子どものころは良く遊んでもらっていた。


 彼女は他国に嫁ぎ、子どもを生み、大人の女性に変貌していた。たった二歳しか違わないにもかかわらず、彼女は与羽と全く違う世界を生きている。いまだに子どもっぽい無邪気さを残した自分とは全く違う。与羽(よう)はあの時銀龍に言われたことを思い出した。


 ――もしいつか、あなたが「その気」になったら、まずは辰海たつみのことを考えて欲しいの。絶対辰海よりいい男なんていないんだから!


 銀龍の弟で、幼馴染の少年……。彼は――。

 鼓動が速い。照れなのか、羞恥心なのか、緊張なのか。

 何とも言えない不安を感じる。

 与羽は強く自分の胸を押さえて、深呼吸した。


 同時にその次の国――風見で辰海をひどく怒らせてしまった時のことも思い出した。与羽は自分の額にある傷をそっと撫でた。彼の逆鱗に触れたのはいつ振りだったろうか。いつも穏やかな彼が、大きな感情を見せるのは珍しい。彼は何を思ってあんなことをしたのだろう。

 与羽を力強く、乱暴に抱き寄せて――。彼の体は硬くて、どれだけ力を込めて押し戻そうとしても、だめだった。普段、彼がどれほどやさしく触れてくれていたのか知ると同時に、彼が怖くなった。もしまた彼があの感情を見せたらと思うと、不安で不安で仕方ない。


「いいやつだとは思うけど……」


 与羽はつぶやいて首を横に振り、考えを断ち切ろうとした。


 こんなことよりも、もっと考えないといけないことがあるのだ。

 旅をして、色々な人に会って、色々な話を聞いて、「中州国直系の姫」「城主代理」という立場の重さを思い知った。誰もが与羽に丁寧な態度で接するし、普段は砕けた態度で接してくる人々も与羽から一歩引いて、彼女を立てるようにしてくれた。自分にはふさわしくないと思うような上級の扱いをされた。誰もが自分の役割を全うしていたにもかかわらず、与羽だけが戸惑いの中にいた。


 それは単に、与羽の覚悟の問題だ。

 与羽は姫君で、あの時は城主代理だった。その立場にふさわしい扱いをされたのに、それを受ける与羽の心構えが充分ではなかった。


 姫君としても足りず、城主代理としても未熟だ。それなら、自分はどうなりたいのだろうか。


 おしとやかで、教養と芸術にあふれる、誰もが見惚れ、すべての女性が憧れとする最高の姫君になりたいのだろうか。

 高度な駆け引き、洞察力を持ち、国と兄を支える能力を持った城主代理になりたいのだろうか。


「…………」


 考えたが、何度考えても結論は一緒だ。ただ、本当にそれでいいのか、決められない。迷いながらも進むべきなのか、どうなのか……。


 ほかの人はどうなのだろう。いつも、はっきりとこれと決めて進んでいるのだろうか。あの庶民出身の若い大臣は? 常に余裕そうな態度を崩さない武官筆頭家の彼は? 二十歳で国を負うことになった兄は? 自身の出世よりも与羽を大切にしているらしいあいつは?


 きっと悩むこともあるはずだ。迷うことも。本当にこれでいいのか、わからなくなることも。

 それでも、最善と思ったことを信じて進んでいるのだろう。自分を信じなければ。


「臆病になるな」


 与羽は自分に言い聞かせた。


「行こう」


 そして立ち上がる。止まりそうになる足を無理やり進めた。背筋をまっすぐ伸ばして、前だけを向いて――。

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