二章四節
「正解っす。実力の底がいまだ見えない。後ろにつく集団によっては、番狂わせがあるかもしれないっすね」
秋兵衛はそう説明して、話を続ける。
「四ッ葉屋が第四王子の後ろ盾につく可能性は――?」
「四ッ葉屋は長年、どの王にも肩入れせずにやってきたっす。可能性はかなり低いと思うっすよ。まぁ、最終的にそれを決めるのは本家なんで、俺にはわからないっすね」
「なるほど。その下の王子たちは――?」
「第四王子より下の王子たちは、正直あまり見どころはないすね。三番目に大きい貴族を後ろ盾に持つ第五王子。ここはそのうちつぶされるっす。第六王子は第一王子と同腹すから、第一王子に不幸があると一気に強くなるかもしれないすね。第七以降はまだ幼い。消えたり生まれたり、注視はしてるっすけど、ビミョーすわ。何百人と子どもがいて、十歳を過ぎて王位継承権を持っている男子が六人だけってひどい世の中っすよね。それくらいっすけど、まだ不明な点があるっすか?」
「いいえ。おおむね予想通りです。が、第四王子について言っていないことがありませんか?」
「ないっすよ。どんな集団が第四王子の後見人の座を狙っているかは知ってるっすけど、それは『言えない情報』っすからね」
「そうですか」
比呼はそこで引き下がった。これ以上突っ込んだ質問は、彼との取引規約に反する。秋兵衛が『言えない』情報や、彼の顧客に関することへの質問はすべて禁止というのが暗黙の了解だ。それを犯すのは、彼の背後にある超巨大商業集団『四ッ葉屋』を敵に回す行為。
秋兵衛は国や貴族の公言してほしくない情報を数多く持っている。普通の人間ならば、その情報を得た瞬間に口封じで殺されるような情報を、だ。それでも彼が無事に情報屋の仕事を行えるのは、彼に何かあれば、『四ッ葉屋』が黙っていないという保証があるからにほかならない。
「四ッ葉屋は第三王子が華金王になったらどうしますか?」
代わりに比呼は第四王子のこととは全く違う質問をした。
「あっこが強くなってきたら、全力でつぶしにいくっすよ」
軽い口調で言いつつも、秋兵衛の目は本気だ。
「そんなことをわたしに言ってもいいのですか?」
自分で質問したのだが、予想以上にわかりやすい回答が得られて、比呼は少し戸惑った。
「言ったところで、暗鬼さんは何もしないでしょう? かまわないっすね。むしろ、こういう情報も欲しかったんでしょう?」
「確かに」
しかし、戸惑ったのも一瞬、比呼は口元だけに淡く笑みを浮かべた。
「感謝します」
そしてここで話を切り上げる。秋兵衛から引き出せる次期華金王に関する情報はここまでだろう。
「あー、暗鬼さん」
しかし、立ち上がった比呼に秋兵衛は声をかける。
「姫さんのことなんすけど、あの子無防備すぎるっす。剣の腕は結構たつみたいっすけど、そもそもの警戒心が薄い。人を信じすぎるし、俺のことも嫌ってたみたいっすけど、それでも表面上はかなり親しくおしゃべりに興じたり、素直にお礼言ってくれたり、笑ってくれたり――。姫さまだから人当たりが良いのは当たり前かもしれないっすけど、あれはダメっす。そのうち悪い男にはめられちゃうかもしれないっすよ。古狐の若さんがしっかり監視してるっすけど、あの二人なんか微妙な距離感があるっすね。姫さんが大事なら、暗鬼さんも気を付けた方が良いっすよ。過去には無理やり華金につれてこられた中州の姫さまもいたみたいすし」
「……忠告感謝します」
秋兵衛の正確な考察に警戒しながらも、比呼は堅い口調でそう言った。
「あと、伝えた情報の割にもらったお金が多いんで、ほかに何か聞きたいことがあれば答えるっすよ」
秋兵衛は人懐っこい笑みを見せた。それとは対照的に、比呼は暗い表情を変えない。
「それでは、中州に華金の間者がいるかどうか、いるなら誰か、聞きましょうか」
「ど直球すねぇ」
短く笑い声を漏らした後、秋兵衛は表情を掻き消した。
「間者……。いるでしょうねぇ。ただ、その情報は重要機密。俺のところまで正確な情報は入っていない状態す」
秋兵衛は自分で確信の持てない情報は売らない。彼からこれ以上華金の間者のことを知ることはできないだろう。
比呼の瞳に落ちる影が一層濃くなった。
「少し話は変わるすけど、中州の城下町に銀髪青眼の遊女はいないっすか? もしかしたら、暗鬼さんの欲しい情報を持ってるかもしれないっすね」
「……遊女?」
「銀髪青眼の遊女っすよ」
それだけ言って、秋兵衛は口をつぐんでしまった。彼が売ることのできる情報は、これですべてと言うことだろう。
秋兵衛は偽物だと自分が知っている商品を売ることはない。彼自身が騙されている可能性も皆無ではないが、彼の真偽を見極める能力はとても高い。そして、情報屋らしく口の堅さも天下一だ。比呼はそれを知っているので、それ以上追及はせず、「なるほど」とうなづいた。
「中州に戻って調べるつもりすね。良い情報が入れば、高値で買わせていただくっすよ」
比呼のかすかな表情の変化に、秋兵衛はそう言う。彼には本当に気を付けなければ、すぐに意図しない情報が漏れてしまう。早々にこの場を辞さねば。しかし、比呼のその思考さえ彼には予想がつくらしい。
「たぶん、またお会いすることがあるでしょうね」
比呼の緊張に気付いていないかのように、秋兵衛はにこやかだ。
「そうですね」
「その時までお元気で。では、また――」
そんな穏やかで低い声に送られて、比呼は本当にその場を辞した。




