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二章二節

 

  * * *



()葉屋(ばや)秋兵衛(しゅうべえ)


「おー、暗鬼(あんき)さんじゃないっすか!」


 比呼(ひこ)の低い呼びかけに、四ッ葉屋秋兵衛は嬉しそうに手を叩いて歓迎した。


 ここは華金の王都「玉枝(たまえ)京」のはずれにある廃屋。比呼が把握している秋兵衛の隠れ家の一つだ。秋兵衛は様々な場所を転々として、なかなかその居場所をつかませないが、比呼の持つかつての経験のおかげでここまでたどり着くことができた。


「やっぱり生きていらっしゃいましたか! てっきり牢か何かに閉じ込められているもんだと思ってたっすよ。いやぁ、何されてるんすか? 内容によっては高く買わせていただくっすよ」


 陽気に言う秋兵衛の首に比呼は短刀を突き付けた。


「中州の情報を誰に売った?」


 冷たくそう問う。


「さすがにそれはいくら積まれても答えられないっすね。商人は信頼が命すから」


「どんな情報を売った?」


「それも答えられないっすねぇ……」


 申し訳なさそうに肩をすくめる秋兵衛の目を比呼は鋭く見つめている。


「……覇呪(はじゅ)。と、第一王子ですね」


「おー、その口調を聞くと本当に暗鬼さんだなって思うっすね」


 秋兵衛は否定も肯定もしない。


「そうだ、暗鬼さん。せっかくここまで来たんす。何か買っていかれます?」


「…………」


 比呼は冷たい目で秋兵衛を見すえた。

 しかし、彼の瞳は全く揺らがない。こういう商売をしているのだ。肝は十二分に座っている。


「せっかくの機会です。現在の華金王とその周辺勢力の力関係を聞いておきましょう」


 比呼は懐から取り出した大判を秋兵衛に放り投げて、短剣をひいた。


「おー、てっきり『敵から情報はもらわない!』と言われるかと思いましたけど、その辺は臨機応変。さすが、暗鬼さんすね」


 秋兵衛は大判の枚数を確認して、にっこりほほ笑んだ。


「華金王勢力は徐々に衰退。華金王自体の能力は衰えてないすけど、内部分裂が激しいすね。もともと金と暴力と恐喝でまとまっていた上層部っす。最初は小さなほころびだったものが、ほころびに気づいた輩が徐々にほかの勢力に乗り換え、さらにほころびが大きくなり、それに気づいた者が――。っていう負の連鎖に陥ってるっす。ただ、まだ次の華金王となりうる人が多くて、どっちつかずに華金王勢力に残ってる人もいるっすね。若干名は華金王に心酔して残ってるっす。でも、まぁ、長く見ても十年持たないんじゃないすか?」


 比呼は顎を上げて続きを促す。


「衰退する華金王勢力に反比例して伸びてきてるのは四勢力っす」


 秋兵衛が指を四本立てる。


「すなわち、第一王子派、第二王子派、第三王子派、第四王子派――。ご存知のとおり、第一王子は現華金王と似たような気質の持ち主っす。第二王子派は、あいかわらず第一王子派と拮抗する勢力っすね」


「銀の王子は健在なのですか?」


 比呼はあえて第二王子を愛称で呼んだ。彼は病弱で体が弱いとのうわさだ。彼自身が政治に口出しすることはないが、彼の後ろ盾となる貴族が第二王子を利用して政治を意のままにしようとしているのは、この場にいる二人など政治の裏側にある程度通じた者たちにはよく知られている。第二王子が病弱なのも、先天的なものなのか、後天的なものなのか……。

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