一章九節
足早に城を抜け、最奥にある屋敷の自室にもらってきたばかりの申込用紙を置く。
そして、すぐに部屋を出て今度は屋敷の北方向へ向かった。渡殿でいくつもつながった城の建物を抜けて、裏口を出る。松の植えられた質素な庭を抜けると、堅く閉ざされた門。しかし与羽が近づくと、門兵が細く門を開けてくれた。
ここから先は中州城内ではない。古狐本家だ。
「今日はどうされましたか?」
一応そう確認をしてくるが、門兵はすでに手を動かす仕草で与羽に通るよう示している。
「書庫の歴史書をお借りしたくて」
与羽はそう答えて門をくぐった。
ここは中州城の中にあるにもかかわらず、漆喰塀で囲まれ、常に重厚な門扉が閉じられている。
門をくぐった先には、短い石畳。そのわきには、ほとんど葉を落としてしまった桜の木がある。
与羽が石畳を進むと、屋敷の戸口に控えていた使用人が「姫様じゃないですか!」とうれしそうな声を上げつつ戸を開けてくれた。
「ありがとう」と礼を言って、与羽は屋敷にあがった。子ども時代に十年以上住んだ屋敷なので、勝手はわかっている。まっすぐ歴史書の収められている書庫へ向かった。
書庫の扉は半分ほど空いている。与羽がいぶかしげに覗き込むと、緩く波打つ長い黒髪が見えた。
「美海さん?」
与羽が呼ぶと、彼女の肩がびくりと跳ねた。驚かしてしまったようだ。ゆっくり振り返った美海の目はまん丸になっている。
「おぉ、与羽か」
しかし、相手の正体がわかるとすました笑みを浮かべて歓迎してくれた。
「辰海は城に行っておるぞ」
与羽が辰海に会いに来たと思ったのか、美海はまず息子の所在を伝えてくれる。
「いえ、私は歴史書を借りに来ただけで……」
首を横に振った与羽は、自分の背以上もある書棚で埋め尽くされた書庫を見渡した。
埋まっているのは書棚の半分ほどだ。これからも長く続くであろう中州の歴史を記した書物をさらに納めるために、わざと空けているのだと言う。
「歴史書なら、城にも納められているのではないか?」
美海は与羽が声をかけるまで読んでいた本を膝に置いたまま、書棚から本をかき集める与羽を目で追っている。
「そうなんですけど、官吏が借りとったりして抜けがありますし、見慣れているからか、辰海の字で書いてある本の方がすんなり読めるんですよね」
辰海は歴史を管理する古狐家の跡取りだ。幼少期から今までの間、すべての歴史書を何度も書き写しており、それもこの書庫に納められている。与羽はその中でも一番新しく写されたものを選んで手にとっていく。




