一章八節
一方の与羽は、足早に中州城へと戻る。まだ不安は大きいが、決心がついた。
城の入り口近くで官吏登用試験の申込用紙がもらえるので、それを取りに行こうと足を進める。
配布場所――正面玄関を入ってすぐ左の個室には、数人の若い下級文官ときらびやかな衣装に身を包んだ中年の女性がいた。
「紫陽大臣」
与羽は彼女の名前を呼んだ。中州国文官第四位。中州の法をつかさどる紫陽系官吏の頂点に立つ女性だ。今回の官吏登用試験の監督者も行っている。
「あら、与羽。久しいわね」
紫陽大臣は細かくあじさいが透かし彫りされた木扇で口元を隠して、目元を笑みの形に細めた。目尻によるしわから年齢がうかがえるが、それでも美しい面差しで、すっと伸ばした背筋と豪華に結い上げた髪、きらびやかな着物と装飾品からは中州国の大臣としての威厳がうかがえた。
「最近は部屋にこもっていることが多かったので……」
与羽はそう言葉を濁した。
「そうなの。旅の疲れもあるでしょうし、そう言うのも素敵ね」
紫陽大臣の笑みは崩れない。その様子が、与羽にはひどく自信に満ちて余裕のあるものに見えた。きっとこの威圧感さえ覚えるたたずまいが人の上に立つ者には必須なのだろう。
絡柳も常に姿勢を正し、硬く厳しい口調で話している。と、与羽は親しい第五位の文官を思い出した。
ここでも、試されているのかもしれない。
与羽は一度ごくりとつばを飲み込んだ。その勢いで顔を上げて、まっすぐ紫陽大臣の顔を見据える。
「紫陽大臣、私、官吏登用試験の申込用紙を取りに来たんです」
緊張でやや早口になってしまったものの、ちゃんと言えた。
「あら、そうだったの」
紫陽大臣は与羽の緊張には無頓着なようだ。うなずくと、「ほら、用紙を持ってきなさい」と近くの若い文官に命じた。
すぐに数枚の紙を差し出される。
「こっちに申し込み締め切りや試験日程などが書いてあるわ。よく確認しなさいね」
彼女の指した壁には、確かに試験について書かれた大きな紙が貼られていた。
「はい!」
「与羽は文官を目指すのかしら?」
日程を確認する与羽の横に、紫陽大臣が並ぶ。さほど背が高いわけではないが、姿勢と大きく結い上げた髪のためか、ひどく大きく感じた。
「そうです」
それでも、与羽は姿勢を正して紫陽大臣をまっすぐ見て答える。
「期待しているわ。もし、うちにある資料が必要だったら言いなさいね」
乱舞がそうだったように、何か尋ねられるかと思ったが、紫陽大臣が言ったのはそれだけだった。
「ありがとうございます」
純粋な激励を意外に思いつつも、与羽はそう深々と頭を下げた。
「試験に挑むなら、もう行きなさい。これからの二ヶ月間はとても重要な時期よ」
二ヶ月後と言うと、官吏登用試験がほとんど終わる時期だ。
「はい。私はこれで失礼します」
与羽は素直に紫陽大臣の言葉に従って、その場を辞した。




