筆者の本当にあった恐ろしい話~謎の声と深夜の電話編~
登場人物
・藤原(仮) 筆者。
・鈴木(仮) 筆者と同じ歳のアルバイト。男。
・佐藤(仮) パートのおばちゃん。関西の人。女。
・田中(仮) 二十代後半の社員さん。女。
これは私が大学生だったころに本当に体験した恐ろしい話。
私は当時、某大手レンタルビデオ店のレンタル部門でアルバイトをしていました。
そこそこ大きい二階建ての建物で、一階は本を売っているブックス部門とお菓子などを売っているバラエティー部門、二階はCDやDVDの販売をするセル部門と私のいるレンタル部門がありました。
夜の23時30分ごろです。
うちの店は24時閉店だったのであと30分で閉店だったのですが、その日はすでに客の姿はなく、友人の鈴木と二人でゲームの話で盛り上がっていました。
するとヂッという館内放送用のスピーカーの電源が入る音が聞こえました。
あれ、閉店の音楽はまだ鳴る時間じゃないよな?と不思議に思ったその時です。
「フジワラクン!」
男性か女性か判別できないような、まるでドラマに出てくる変声機で声を変えたかのような声で私の名前がスピーカーごしに大声で叫ばれました。
私と鈴木は顔を見合わせました。
館内スピーカーは一階、二階ともに同時に音が出る仕組みです。
つまり、私を怒鳴りつけた大声は館内全てに響き渡ったということです。
客はほとんどいないというだけでまだ全員が帰ったわけではありません。
その状態で怒鳴りつけると言うことはただ事ではないと感じました。
「鈴木、わりぃ、ちょっと俺いってくるわ」
「何したん?」
「わからん……」
すぐに事務所に向かいます。
向かうといっても、レンタル部門のレジカウンターの裏が事務所になっているので、すぐ後ろの扉を開ければ中は事務所なのですが。
「失礼しまーす」
私は恐る恐る中に入りました。
そこには、誰もいませんでした。
それ自体は別におかしいことではないのです。
社員さんがヘルプで他のレジに入っていることなどよくありましたから。
……いつもならば、の話ですが。
おかしいのです。
さきほどの館内放送のスピーカーはここからしか使えません。
事務所といってもさほど大きくない一つの部屋で、隠れる場所なんてありませんし、事務所の入り口も先ほど私が使ったレンタル部門の後ろの扉しかありません。
しかし、事務所には誰もいませんでした。
スピーカーの電源を入れ、音を流すにはこの事務所に誰かがいないといけないにも関わらず、です。
私は首を傾げつつも事務所を出てレジカウンターまで戻りました。
「藤原、どうだった?」
「いや、誰もいないんだけど」
「……いや、そんなはずないっしょ」
「いや、マジだって。ちょっと見てみ」
鈴木が事務所に入り、すぐに戻ってきました。
「マジで誰もいないじゃん」
「よくわかんないけど緊急かもしれんし、ちょっと一階いってくるわ」
「おーけー」
私は鈴木に断りをいれ一階に向かいました。
今日は社員さんは一人しか出勤していなく、今は下で作業をしてるはずだったからです。
一階に降りる途中で少し離れたセル部門の佐藤さんが私に近寄ってきました。
「さっきのなんだったん? 藤原くん呼んでたみたいやけど……」
「いや、よくわかんないっす。ちょっと下いってきます」
「うん、すぐいきぃ」
私は一階に降りるとすぐにブックスのレジカウンター横で作業をしている社員さんの姿を発見しました。
「田中さん、すいません。さっきの、何かありました? 俺なんかやっちゃいました?」
「? 何が?」
「いや、さっきの放送っすよ」
「放送? さっきのって?」
「いや、俺の名前呼んだじゃないですか。しかもすごい大声で。まだ閉店もしてないんだからまずいっすよ」
「誰が?」
「え?」
「いや、誰が藤原くんのこと呼んだの?」
「え、田中さんが呼んだんじゃないんですか?」
「呼んでない。つーか私ずっとここにいたし」
「……」
確かにそうです。
事務所に入るにはレンタル部門のレジカウンター横を通らなければいけない。
そして私と鈴木はずっとそのレジカウンター前で話をしていた。
その間に田中さんの姿を見ていないということは、田中さんは事務所に入っていないということ。
スピーカーの電源をいれて怒鳴るなど無理な話なのです。
「いや、でも呼ばれたんですよ。スピーカーからフジワラクン!って大声で」
「そもそも一階には何も聞こえてないけど?」
「え、マジっすか。あんなに大声だったのに?」
「つーか閉店前に館内放送使って怒鳴るとかまず私がキレるよそんなの」
「……ですよね。了解っす。戻ります」
「変な藤原くん。あと少しで終わりだから気合いれてけー!」
「ういっす!」
田中さんから声を掛けられ、二階に戻ります。
戻りながらもこれは田中さんのいたずらかと思いました。
田中さんは社員さんではありますが年も近く、お茶目なところもあったからです。
「……いや、ないな」
しかし私はすぐにその考えを打ち消します。
田中さんは公私を弁えて働く真面目な人でもあったので、閉店後ならばともかく、客がまだ残っている今の段階でそんないたずらを仕込むはずがないからです。
二階に上がると佐藤さんが声をかけてきました。
「さっきのなんだって?」
「いや、田中さんじゃないらしいっす。そもそもさっきの声自体聞こえなかったって」
「うそ、それはないでしょ。あんだけでかい声だったやん」
「でも聞いてないって。田中さんずっと下にいたみたいだし」
「ちょっと待ってやめてそういうのめっちゃ怖いわぁ。苦手やねんそういうの~」
「俺のほうが怖いっすよ!」
そんな会話を交わしてレンタルのレジに戻ると、鈴木が心配そうな顔で待っていました。
「ど、どうなった?」
「田中さん知らないって」
「……マジで?」
「マジで」
「ここ、実は昔からけっこう変な噂あるんだよね。閉店後の深夜に店内の窓から人影が見えたとか、夜の駐車場で子供が立ってたとか、誰もいないはずなのに内線が鳴るとか。それ系なんじゃねーの」
鈴木は高校一年生の時からここでアルバイトをしているベテランなのでこういうことも詳しいです。
「勘弁してくれよじゃあなんでさっきの俺の名前叫んでんだよw」
「知らねーよw」
結局そのまま閉店となり、更衣室で着替えた後に一階の休憩室でその話をしていました。
すると、やはり私を呼んだ声を聞いたのはその時二階にいた私と鈴木と佐藤さんだけで、一階で働いていた他のスタッフは誰もそんな声は聞いていないということでした。
他のスタッフが帰った後もそのまま世間話を続け、私と鈴木と佐藤さんの三人が残りました。
深夜1時が過ぎたころ、田中さんが二階から下りてきました。
「あ、まだいたんだ。お疲れちゃーん」
「お疲れ様です」「お疲れでーす」「田中ちゃんお疲れー」
そして四人でコーヒーを飲みながらまたさっきの謎の声の話を始めました。
「だからそんなん聞こえなかったって。またそうやって変なネタで脅かそうとするー。私仕事で一人で3時くらいまで残るときもあんだからやめてよー」
「冗談とかおどかすとかじゃなくてマジなんすけどね」
「いや、マジのほうが怖いから。ほんとやめて」
時間が経ったこともあり、結局勘違いかなにかだろうと笑っておしまいになりました。
「さて、二階の見回りはさっきしてきたから一階の点検だけみんなでやって帰んべー」
「ういーっす」
そうして休憩室を出て四人で一階の見回りをしました。
特に何事もなく終わり、さぁ帰ろうと思ったときです。
ピンポーン
「…………」
二階から音がしました。
あの音はレジに店員がいない際に客が店員を呼ぶためのチャイムの音です。
わかりやすく言うと、ファミレスに置いてある店員呼び出しベルです。
それが鳴りました。
私たちは凍りつきました。
ファミレスに置いてあるものと同じようなものなので、ボタンを押さない限りチャイムは鳴らないからです。
それが鳴りました。
誰もいないはずの二階から。
「……藤原、鈴木、ちょっといってこい」
「え、ちょっと待ってくださいよ田中さん。マジっすか」
「私にいかせる気!?」「あんたら男なんやからしゃーないやろ! 女にいかせる気なん!?」
「……うっす」「いきたくねぇ……」
鈴木は長身のイケメンですが、けっこうなヘタレでビビリなので死にそうな顔をしていました。
不審者の可能性も考慮してモップを装備し、いざ二階へ。
まずはセル部門に入りレジ周りをくまなくチェック。
その後売り場を見て回りますが、特に異常はなし。
本命のレンタル部門へ。
しかしレンタル部門はセル部門の数倍の広さを誇ります。
そこで私は鈴木に二手に分かれようと提案しました。
「それゾンビ映画じゃどっちか絶対死ぬ役割じゃね?」
「大丈夫、ゾンビ映画じゃなくて現実だから」
二人でレンタル部門を見て回るも異常なし。
安堵しながら一階へと降りました。
「田中さん、見回り終わりました。何もなかったっす。きっと故障っすよ」
「おつー。故障ということにして、仕事残ってるけど今日はもう帰る。怖いから」
「それがいいっすよ」
そのまま足早に休憩室へ戻りました。
従業員専用出入り口は休憩室にあるからです。
「よし、じゃあ帰りますか」
そして外へ出ようとした時です。
prrrrr!prrrrr!
突然電話の音が響きました。
室内に不気味な沈黙が下りました。
休憩室に置いてある電話機は外部からの電話は取り次がない設定にしてあり、かかってくる場合は内線のみなのです。
そして、今このビデオ屋にはこの場にいる四人しかいません。
……では、いったい誰が休憩室へ内線をかけてきたのか。
電話に目を向けると、内線番号『1』が光っていました。
内線番号『1』は事務所です。この内線は二階の事務所からかかってきているのです。
電話の一番近くにいた私は、意を決して電話を取りました。
「はい、もしもし」
「…………」
「もしもし」
「…………」
何度声をかけても返事はありません。
受話器を置こうと思った、その時です。
ピンポーン
またチャイムが鳴りました。
私は恐怖から叩きつけるように受話器を置き、出口へ向かって走りました。
「待って! 待って! 何!? 何があったの!?」
私が突然走り出したことに驚いた三人が追ってくるも、無視して外へ出ました。
「田中さん! 鍵! 早く鍵掛けて!」
「何!? 何!? 怖い! 何!?」
田中さんはパニックになりながらもすぐに施錠をして私のほうに走ってきました。
「藤原くんどしたん? 電話でなんか言われたん?」
「チャ、チャイムの音がしました」
「……え、うそやぁ。チャイムの音なんか聞こえへんかったけど」
「いや、絶対電話機の向こうからチャイムの音がしました」
「…………」
次の日、店長にその話をしました。
すると、うちの支店で『夜中に誰もいないはずなのに内線が鳴る』というのは社員内では有名な話だったらしく、店長も一度だけ経験しているそうです。
十年以上前からある話らしく、何度電話機をメンテナンスしても異常はなく、電話機を交換したこともあったそうです。
結果は見てのとおりのようですが。
そして、勝手に鳴るチャイムは多分故障だろうということで交換することになりました。
ただ、スピーカーから流れた私を呼ぶ声。
あれに関しては結局なんだったのか、いまだにわかりません。
なぜ私の名を呼んだのか。
なぜ二階にいた三人にしか聞こえなかったのか。
もし誰かのいたずらならどうやってやったのか。
それとも……