おまけ:ユーシスティア
温泉まで来たものの、本編に大した出番がなかったティアさんのお話です。
「うにゅ……」
なんつー声出すんだよ……。
後ろから聞こえるうめき声のような何かが耳をくすぐる。
温泉街での旅行もとうとう終わりを迎えようかという頃。
広い宿の廊下を歩く俺の背中には、ぐったりとした少女…ティアの姿があった。
「すごい真っ赤だね……何かできることある?」
「じゃあ冷たい水持ってきてくれないか?できれば氷も」
「わかった!」
隣で心配そうに見つめていたリナが水を取りに来た道を戻る。
「ふみゅぅ……」
そして相変わらずよくわからないうめき声を出し続けるティア。
どうしてこうなっているのかというと、説明は簡単。ただ、逆上せたのである。
お連れ様が倒れられました、と聞いて慌てて従業員さんの案内に着いて行くと、そこにいたのは宿の中にある風呂の前で真っ赤になったティアの姿。
もう動かしても大丈夫ですので、と言われて部屋まで戻すことになった俺は、こうしてティアをおぶってるということだ。
「大丈夫かー?部屋に着いたぞー」
「うぅ〜、ありがとー」
「下ろすぞー」
とうとう部屋に着き、ティアをベットの上へと下ろす。
ベットにティアの金色の髪が広がり、少し肌蹴た浴衣の隙間から見える白い肌に思わず目をそらす。
……唯一の救いは、リナみたいに胸が溢れる、ということが無いことだろうか。
さっき背負ってる時もかすかに柔らかさを感じる程度の慎ましい胸は、今もしっかりと浴衣に守られている。
「んん〜……トーヤ?」
「お、だいぶ意識が戻ったか?」
ベットに寝かしてから少し経つと、ティアがこちらを向いて名前を呼んだ。
「さっきの背中はあんたのだったのね…」
「嫌だったか?」
「ううん、そんなこと無い。ただ、お父様の背中に似ていたから」
ティアの父親。
そういえば今まで祖父である領主は知っているが、その他の家族の名前は聞いたことがなかった。
「私の両親は、戦争で死んだの」
ティアが話し出す。
それは熱に浮かされたうわ言だろうけど、俺はそれを黙って聞いた。
「私はお父様の背中が好きだった。大きくて、広くって、すごく頼りにできる背中。あんたの背中はそんな背中だった」
そう語るティアは懐かしむように目を細め、その目は次に俺を見た。
「ねぇ、どうしてリナさんのことが好きなの?」
どうしてそんな質問を?と聞きたくなったが、ティアの真剣な眼差しに気圧され、答える。
「わからん。ただ、いつの間にか愛したいと思って、守りたいと思って、一緒にいたいと思った。それだけだ」
その答えに、愛されてるなぁと小さな声で呟く。
その後、ティアが目を閉じる。何かを言おうとしているのか、口はもごもごと動き、終いには顔に再び朱が帯びる。
そして、言う。
「あんたの背中。まだ私の乗れるスペースは残ってる?」
「……え?」
潤んだ瞳。小さく放たれた言葉はかなり婉曲な表現だが、言いたいことは伝わってしまう。
俺が黙っている間、ティアの顔がみるみる赤に染まる。
……こりゃ、ちゃんと答えなきゃいかんかな。
「俺はリナが好きだ」
「うん」
わかってる、といった風に頷く。
そして、続きを待つティア。
それに俺は本心を伝える。
「だから、スペースは無い。今はリナしか見てないからな」
「……うん、'今は'ね。わかったわ」
再びティアの目が閉じる。
俺の答えをどう受け取ったのかはわからないが、その顔には少し笑みが浮かんでいた。
「トーヤお待たせ!ごめんね、ティアさんは大丈夫?」
「あぁ、だいぶ気分も落ち着いてる。ありがとな、リナ」
「どういたしまして〜。お水ここに置いとくね」
少しして氷水の入った桶を持ったリナが帰ってくる。
桶を置き、トーヤがその水で濡れたタオルを頭に乗せてくれて、ひんやりとしたタオルがが体の熱を冷ます。
お礼を言うと、よかった〜と安堵したリナがそのままトーヤと話し始める。
その時の2人のやりとりはとても自然で、それを羨ましそうに、そして何か決意を込めた目でティアは眺めるのだった。
今回のティアさんの話、どうだったでしょうか?
先に言っておきますが、この後三角関係に発展したり、ドロドロの修羅場になったりすることはありませんよ?たぶん、リナさんが何もしない限りは……たぶん。