温泉
「おぉ〜……」
良い言葉が浮かばず、感嘆の声だけが口から漏れる。
原因は目の前に広がる素晴らしい風景にあるのだ。
周りを険しい山々に囲まれながら、その間に広がるのは活気にあふれる街並み。
少し薬草のような、だが気持ちが安らぐ不思議な香りが、風と共に流れ鼻腔をくすぐる。
その香りの元は、目の前に広がる川。岩の間や草木で作られた水路を通り、町中に広がる川だが、流れるのは水では無く、山から湧き出る温泉。つまりはこの街に張り巡らされた湯畑である。
そんな風景が広がる街の入り口に立つのは4人。
あれから魔物との遭遇も特に無く、俺たちは無事、温泉街へと到着したのだった。
「わぁ…この流れてるお湯が温泉なの?」
「あぁ。このお湯に浸かる事によって、疲れが取れたり、いろんな効能があったりするんだ」
と、リナに説明するものの、異世界の温泉を見たのは初めてで、どんな効能なのかは全く知らない。どころか、お湯に浸かることすらレイシルに確認もしてないので分かっていない。もし俺が思ってるのと違ってたらどうしよう……
と、言う考えも杞憂だったようで、レイシルが補足説明をしてくれる。
「トーヤ様の言う通り、このお湯には不思議な力があるらしく、浸かるとたちまち怪我が治るだとか、魔法が上達するだとか、いろいろな効能があるそうですよ」
そう言いながら、実は私も来るのは初めてで、と楽しみを隠さないレイシル。
「長旅で疲れたし、汗も流したいから早速温泉に入ってみたいのだけれど……どうかしら?」
ティアも相当楽しみらしく、冷静な声を保ちながらも、体がウズウズしているのが簡単にわかる。
まぁ、俺もさっきからお湯に浸かりたくてウズウズしてるのだ。ティアの案を採用する事にしよう。
「それじゃしばらくは自由行動にしよう。ひとしきり堪能した後はレイシルが言ってた宿でまた落ち合おうか」
「わかりました。ではまた会いましょう」
「わかったわ。……リナ、さんはどうするの?」
するとティアがリナに声をかける。
躊躇いがちな声だが、雰囲気からして、一緒に行こうと誘いたいのだろう。
……だが、それはできない。リナに裸の付き合いというのは少し難しすぎる。体質的な意味で。
それに、
「えっ?もちろんトーヤと一緒だけど」
当の本人がこんな感じなのである。
それが当たり前、と言わんばかりに腕を絡ませてくるリナの姿に、レイシルがニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべ、ティアは真っ赤にした顔を背ける。
……まぁ、何を想像してるのか大体分かるし、たぶんその通りになるだろうから良いけど。
そんな感じで、俺たちの自由行動が始まった。
「あ〜、癒されるぅ…」
体が沈むような感覚。
疲れた体を温かいお湯が包み込み、その熱が身体中に染み渡る久々の感覚に、身体と心の両方が癒される。
ここはもちろん温泉。だが、周りに俺以外の客はいない貸切温泉である。
なぜわざわざ貸切なのかは言うまでも無くリナの為なのだが、肝心の本人はまだ来ず、そのせいで俺の心臓はバクバクと動く。
……いくら恋人とはいえ、混浴となるといつもと違う感覚に緊張してしまうのだ。
そんなリラックスできてるのかできてないのかよくわからない状態でお湯に浸かってると、しばらくして後ろから声が聞こえた。
「トーヤ……お待たせ」
その声に視線を向ける。
もちろんそこにいたのはリナだが、普段見ることのない姿に胸が大きく高鳴る。
長い髪は頭の上でまとめられ、白磁のような白い肌は湯気で少し湿り気を帯び、隠すように掛けられたタオルは肌に張り付き、リナの綺麗な体のラインがはっきりと浮き出る。
「えへへ……やっぱり少し恥ずかしいね」
リナの裸を見るのは初めてのことではないが、それとは違った、また別のリナに思わず見惚れる。
するとリナが少し恥ずかしそうに身体をよじりながら、こちらに来て、足先からお湯に浸かる。
「ふぁぁ〜…気持ちいぃ……」
最初は恐る恐るながらも、足のふくらはぎ辺りから一気にお湯に浸かったリナが初めてであろう感覚に脱力する。
場所はもちろん俺の隣。もちもちの素肌が俺の腕に引っ付き、リナの小さな頭が肩に乗っかる。
「リナはこうやってお湯に浸かるのは初めてなのか?」
「うん。こうやってお湯に浸かるってことは今まで聞いたことも無かったから、すごく不思議な感じ」
そう言うリナの顔は本当に気持ちよさそうで、こうやってリラックスできるのは良いものだなと実感する。
……一部リラックスできない状況も並行してたりするが。
そんな状態のまま、しばらく温泉を堪能する。
じわ〜っと体の芯まで温めてくれるような温泉の暖かさと、右腕に感じる柔らかな感触と優しい温もりに幸せを感じていた。
「やっぱりトーヤはあったかいね」
「温泉じゃなくて、俺か?」
「うん。温泉も身体がぽかぽかしてすごく好きだけど、トーヤの暖かさはもっと好き」
俺の右手に絡むリナに力がこもる。
ぎゅっと押し付けられた柔らかさに再び胸が高鳴り、それを知ってか知らずか、リナはさらに身体を密着させてくる。
「トーヤがいなかったら私、凍えちゃうかも」
「大丈夫。寒いと感じることがないくらい一緒にいるから」
我ながらキザな言葉を吐けるようになったもんだと思いながら、リナは俺の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべる。
そして、自然と重なる唇。
少し湿った唇の感触。あったまった身体がさらに火照るのがわかる。
2人一緒にお湯から上がる。
その瞬間はらりとリナのタオルが舞い、現れる少しピンクに染まったリナの姿。
再びキスを交わし、リナの蕩けるような表情にとうとう理性が限界を迎える。
「トーヤ。好きだよ」
我慢なんて無理な話だった。
それから俺たちは熱が冷めるまで、温泉を堪能したのだった。
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