新しい人種
教室に戻って眠り直しをしようと考えていると、バタバタと大きな音を立てながら、女学生が一人入ってきた。ハルである。
「あら、いらっしゃったの」
「ええ、おはよう。その急ぎ様は何かしら」
「本日は新しい先生がいらっしゃるそうだから、一目でも見ておきたくって」
新しい先生―――――先程の男のことか。
「フランスの貴族のお家柄ですって。きっと麗しい御方なのでしょうね。男性だそうよ」
「男性って…そんなに声を荒げるようなことかしら。第一、男性ならこの学院にもいらっしゃるでしょう」
そうではないわ、と頬を膨らますハルを見て、小夜子は小さく笑った。
自由恋愛が謳われる時代になってから、女学生の多くはそれに憧れた。親や親戚が決めた相手ではなく、自分の愛する人との婚姻を結ぶことを夢だとする女性が小夜子の周りにも少なからずいた。だが、この女学院は選ばれた良家の選ばれた子女が通う名門である。父親が政治や軍事に関わっている華族である家がほとんどであり、そこで育てられた彼女たちは箱入り娘――いわば籠の中の小鳥であり、世間知らずも当然なのである。そのような環境にいながら自由恋愛が認められることは、ないに等しいだろう。
小夜子はそういう、色恋方面にはとんと向かない性格であった。小夜子の中では父親の言うこと、成すことが正しいことであった。小夜子の自由というものは、父親の見解の中で、ということであり、その籠の中で彼女は朝顔のように育った。当然、結婚も親に見合う男を連れてくるに違いない、と思っており、それゆえに外の男とは満足に話したこともなかった。情が移ってしまっては後々面倒を引き起こしてしまう。また、父親に面倒をかけさせることも小夜子が望むことではなかった。
その日の放課後。学内の書庫で英語の勉強をする小夜子の傍に、黒い人影が近づいていた。
「ほう、洋書を原文で読むとは。熱心ですね」
声のする方へ視線を上げると、今朝見たような口元が弧を描いている。
「ええ。気持ちが落ち着くんです」
「英文は退屈ではありませんか。捻りも美しさもない」
「そうでしょうか。とても簡潔で、私は好きです。それに、広い世界を知るなら、英語が一番情報量が多いので」
つまり、文学的には好きではないと。男が微笑んだような気がした。苦手だ、と幼い直感がつぶやく。一言二言話しただけで決めつけるのは良くないと理解しているが。すべてを見透かしたような碧茶色が、小夜子の横顔を刺す。いつの間に隣に座っていたのか。
「お名前は?」
男から尋ねられ、小夜子は自分がいまだ名乗っていないことに気付いた。
「人に尋ねる前に、自分から名乗るものではないかしら」
「嗚呼、私は――怜とお呼びください」
どことなく違和感を抱く。それもこれも、この薄茶色の瞳のせいだ。
「あなたは?」
馴れ馴れしい。西洋の男はみんなこうなのか。