出逢い
湿度の足りない風が袂をくぐった。臙脂色の袴を着て、小夜子は女学校に行く途中だった。普及し始めた車が音を立てて横を通る。洋装が多くなった女学生の中で、小夜子は浮いていた。特に洋装が嫌いなわけではない。公の場では洋装をすることもある。だが小夜子には長らく付き合ってきた和装が性に合っていた。自由奔放な小夜子には洋装の窮屈さが耐えられないこともあった。
矢絣柄の袖が雨上がりの風に揺れる。路地よりはきちんと整備された道を歩く。こうやって親の言うことを聞いていることで自分は幸せになれるのだろうか。ふと小夜子は考える。
小夜子の父は海外貿易を主とする会社を経営していた。父の仕事を手伝う、ということを名目として、英語──主にイギリスで使われる──の学べる女学校へと入学したのは、半年前のことだった。初めはすべてが新鮮だったが、それも束の間。いつしか新鮮味は薄れ、退屈な毎日を送る日々が続いていた。気持ちの良い風が、ふわふわと伸びた髪を揺らす。小夜子は小さくため息をついた。
教室にはまだ誰も来ていなかった。早い時間に家を出なければ、と考えていた小夜子は、椅子に座って眠る姿勢をとった。こんなことならまだ眠っておけば良かった。机の上に腕を置き、その中に顔をうずめて目を閉じた。明るい朝日が教室を照らす。ガタガタとドアが開いた音が聞こえたが、小夜子は動こうとしなかった。
「すみません」
突然上から降ってきた声に目を開ける。女学校にいるはずの小夜子の耳には確かに低い声が聞こえた。見上げると洋装の、品の良さそうな男がこちらを覗き込んでいる。
「はい?」
あまりに突然のことで声もうまく出ない。小夜子はずっと家の中で過ごしてきたため、男にこうして話しかけられることに慣れていなかった。
「他の先生方は、どちらにいらっしゃるのでしょうか」
「先生…、ですか」
あの、あなたは…?と聞くと、今日からここに赴任してきた英語教師だと言う。はあ、そうですか、と間抜けな返事しか出て来なかった。驚き過ぎた自分が馬鹿みたいに見えたかしら、と別の疑問が頭をよぎって、小夜子は頬を赤らめた。
「先生方でしたら、この時間はあの棟の一階の端のお部屋にいらっしゃいます」
ご案内いたしましょうか、と小夜子は続けた。お願いします、と男はうなづいた。
男に背を向け歩いている間、小夜子には廊下がやけに長く感じられた。男は名乗らなかった。小夜子も名乗ることをしなかった。長い廊下の終わりは、会議室を右に曲がったところでやってきた。
「こちらです」
「ありがとうございます」
どう見ても自分より年上のはずのこの男は、丁寧な姿勢を最後まで崩すことはなかった。重厚な木製のドアをを二三度叩き、学園長の声を待つ。
「どうぞ」
冷徹とも呼ばれる声に、小夜子も背筋を伸ばした。いつ聞いても慣れないのは、この人が持つ女としての自信や誇りが感じられるからだろう。
「失礼します」
男は透き通るような声にひとさじの緊張を乗せて放った。