剣を抜いてしまったので、不本意ながら婚約することになりました。
「ねぇ、大丈夫?」
女の子の声で目を覚ます。どうやら声の主は俺をぶん殴った女の子と同じようだ。女の子は真っ赤な髪に翡翠色の目という日本人にはあまりいないタイプだった。というかこんな美人な女の子はそうそういないぞ。
「うん、なんとか」
とは言ったものの、あんなすごいパンチを顎にクリーンヒットで受けたんだ。大丈夫なはずが無い。しかし、女の子の手前、ここはカッコよく大丈夫とでも言っておこう。
「そうですか、良かった! ……では、拷問を始めましょうか」
は?
怪我人を前ににこやかな顔を向け言ってくる。
「え、ちょっと待って。拷問? 何で?」
「何でって、決まってるじゃ無いですか~。女の子の胸を揉んだんですよ。死刑じゃないだけマシだと思ってください。それに、たかが拷問で済むんですから感謝してくださいよ~」
と言いながらキラリと光る物を腰のポシェットから取り出す。
やばい、こいつ本気だ。逃げないと…。この、あれ、に、逃げられん。
「逃がしませんよ~」
見た目とかけ離れた筋力でガッシリと手首を握られ、逃げられない状況にあった。ちょっと、主人公死んじゃうって、もう、物語終わっちゃうから。それ、おさめて。ちょ、ちょ、タンマ~。
「拷問されたくないのなら、その説明をしてください。それで私が納得出来れば許しましょう」
どうやら、命拾いしたみたいだ。ここからは俺のターンだ。
「は? そんな不可思議な事を信じろっていうんですか~?」
ごく普通の反応だ。俺だって嘘を言っているわけではない。だって体験したのだから、嘘にはならない。
「そんな作り話で私から逃れるようとは思わない方がいいですよ」
そう言うと女の子は人差し指を頬に当て何かを考える。
「やばい…」
きっと、また新たな拷問方法でも考えているに違いない。そうなる前に、ここから逃げ出さなければ死んでしまう。
彼女が考えにふけっている間に音を立てないようにして立ち上がり、脱出を試みる。
逃げ出す様はさながらスパイのようだった。
よしっ! 建物から逃げ出せた。ははは、さらば! 可愛いけど危ない女の子。もう、会うこともないだろう。
「さよならー。さぁ、帰ろう。素麺が待ってる…な!?」
別れの挨拶を済ませ、進行方向に振り返るといた。目を三角に尖らせ、俺を睨んでいる。こ、こんにちは、ご機嫌麗しゅう…。
「あら、また会うとは奇遇ですね。これから、どこへ向かう予定なんですか? 良かったらわたしも連れて行ってくれませんか?」
連れて行くかバーカバーカ……なんて事も言えず、家まで案内した。幸いなことに母親はまだ帰っていなかった。
母親に見つかると色々面倒だ。匿っておこう。
彼女を二階へと案内した。彼女はしばらくキョロキョロした後、敷かれていた座布団の上に座った。
「ここが変態の家なのね」
「なぁ、変態はやめてくれよ。俺には都々坂緋色って名前があるんだから」
「そうね。私はルシア、魔界の次期王女となる名前です。覚えておいてください。では、変態な緋色さん。あなたに条件を出しましょう。で、その条件の中から一つ選んでください」
魔界の次期王女。…魔界!? と言ったのだがどこからどう見ても人間だ。魔界の住人も日本とあまり変わらない感じなのかも知れない。てか、普通に順応してる俺って。
ルシアは淡々と条件を発表する。
「一つ目は、このまま私と一緒に魔界へ来ていただいて、そこで裁判を受けてもらいます。二つ目は、私の魔法の餌食になってもらいます。三つ目は、魔界の凶獣、アンドレグラッシュオプティカルホーエンキノコの餌になってもらいます。最後は、私にナイフで脳天を刺される。さぁ、どうします?」
さぁ、どうする。いやいやいや。四つとも許す気全くねぇじゃないか。裁判、魔法、ナイフはともかく。アンドレグラッ……キノコじゃん。凶獣とか言ってたけど獣じゃなくね? キノコに殺されるのはさすがに嫌だわ。
「すべて、断る!!」
「ほう、これだけの好条件をすべて断ると?」
言い切った俺の前に顔をズイッと寄せてくる。近いよ。
「それならば、一番手っ取り早い方法で緋色…あなたを消滅させる!」
消滅させられてたまるか。意気込んで戦う態勢をとる。相手が何者なのかは知らないが、一応、これでも剣術をやっていた身、すぐにはやられんよ。かかってきなさい。
「えーい」
懐から超巨大なハンマーを取り出したルシアは、それを振りかぶる。
「ちょちょちょ」
どこから出したのか、そんなもの振り下ろされては俺が消滅どころか家ごと消えてしまうわ。振り下ろされないように彼女を止めるべく動く。あ? 転がっていた雑誌に足を取られ、彼女を制止しながら倒れる。
「ちょ」
「あ」
気まずい空気が流れていく。
押し倒しちゃったけどどうしよう。むろん、あの手この手いろいろ考えられるが、相手は未だ謎の多い女の子。ありもしないホラばかりを山のように並べられ、責め立てられるに違いない。そうなれば、母さんも俺を卑下するかも知れない。
「いつまで私に乗っているつもりなの。この変態緋色!」
「ガフッ」
再び、顎にクリーンヒットする。何度目のKOだろうか。
ここで殴られ、責められ、悪条件を飲めと言われた俺を不憫に思ってくれたのか、神様からの思し召しがプレゼントされた。
光とともに現れたのは謎の剣だった。剣というよりは刀といったほうが正しいかもしれない。普通の刀と違い、刀身が長いのが特徴だ。
「なんで、SS級魔法具がここに?」
ルシアが驚いている。それほどすごい物なのか。ということは中々抜けない、持ち主を中々選ばないといったような極度に難しい条件をクリアしなければ、この武器を得ることは不可能なのだろう。しかし、ものは挑戦だ。抜いてみよう。
「あら?」
力を入れずともSS級の武器が抜けた。それからも武器が暴れることもなく、武器に拒否られることもなく時間が過ぎた。
「どうしようこれ、抜いちゃったんですけど。てか、抜けちゃったんですけど」
その様子に驚いた表情のルシアは顔を近づけてきて、
「何で、それが抜けたのか詳しく理由を聞きましょうか」
いや、理由と言われましても、困ったことにその理由すら分からないのですよ。ハハハ。
「まぁ、いいわ。ここでSS級の魔法具が見つかるなんて大手柄中の大手柄よ。いい、緋色。あの事は目を瞑ってあげるから、私と婚約しなさいっ!」
え? えええええええええええええええええええええええええええええええ!?