7話
神奈川県横須賀市の海近くにある、私立昭楠高等学校。
広大なグラウンドには生徒達のさわやかなかけ声が響き、潮風が優しくそよぐ。昼時の晴天の空は眩しく、教室の中にもポカポカと心地の良い暖かさを与えていた。
そんな柔らかな光の中――。
教室の隅の席に座る刻は、椿が持たせてくれた弁当のふたを開けてぎょっとしていた。
子供向けのプラスチック串にささったサンドイッチは一口サイズになっており、ご丁寧に花柄レースの紙ナプキンが敷かれていたのだ。
可愛らしすぎる盛りつけは間違いなく厚意だろうが、正直言って恥かしいにも程がある。
案の定、隣の席に座る斉藤武が、汚いものでも見るような視線を刻に向けてきた。
「お前んとこって、ジイちゃんしかいないんだよな? どう考えても年寄りの趣味じゃないし……もしかしてお前が作ったの?」
「違う、これは仕事先の人が作ってくれたんだ。だからその目をやめろ」
「仕事先? うっそ、バイトしてたの?」
のけぞる仕草をして、わざとらしく驚いて見せる斉藤。刻はそれを無視していつものように淡々と答える。
「今日でまだ二日目だけどな」
「へーえ、そうなんだ。でも何で教えてくれなかったんだよ」
「別に教える必要もないから」
「ちょ、ほんと水くさいやつだねぇ。で、どんな仕事なの?」
「……執事」
刻がぶっきらぼうに言うと、斉藤は口の中のものを盛大に吹き出した。
「おいっ、汚ねーな」
「ごめんごめん。だってお前ぜったい似合わなそうだからおかしくってさ。『ご主人様』とか言ってるの想像しちゃったわ……。雇い主ってどんな人?」
「若い女だよ」
“あくまで見た目は”とか“昼間は猫だけど”などと余計なことは言わない。
詳しい事情を知らない友人は、主人が若い女と聞いてさらに興味を持ったらしい。質問攻めが続く。
「もしかして、そのサンドイッチは彼女が?」
「違う。そんなわけないだろ。屋敷の料理人だよ」
「若い女主人に、専属の料理人かぁ。いいな、それ」
何を想像してるのか遠くを見つめる斉藤に、
「……どうだかな」
変われるなら変わってくれと思いつつ、刻は冷めたひと言を返す。
あの屋敷に帰らなければならないと思うと気が重い。椿はまだいいとして、問題はリンとハルとジュリアだ。
今までは家に帰れば英次が夜に帰るまでひとりだった。静かに過ごすことが当たり前だった刻にとって、彼らのようにクセのある人物と暮らすというのは、鉄橋の下に家をかまえるようなものである。
しかし、成り行き上こうなってしまったのだから仕方がない。
刻は能天気なクラスメイトとは違い、憂鬱な気持ちで遠くを眺めた。