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飛べない魔女と、可愛くない執事くん  作者: ユユ
エピローグ
43/44

42話

――悪魔崇拝派。

 バフォメットが刻との契約を破棄し、ふたたび魔女の象徴となってから三日、今のところ敵側に何の動きもなかった。


 椿の話によると、儀式で魔力を得た魔女はすぐに力を使えるものでもないらしい。長年の修業を重ねて、ようやくコントロールできるようになるのだと言っていた。つまり、明日明後日の脅威ではないらしい。

 そもそも、バフォメットが新しい魔女を生み出すとは限らない。地獄の番人としての本業が忙しくて、『悪魔崇拝派の魔女』がこのまま沈黙を守り続けてくれるなら幸いだ。


 しかし、こちらもただ黙って待っているわけではなかった。


 魔法薬によって怪我を直したリンが、夜な夜な独立派魔女への警告の手紙を書いている。

 さらには、追々対抗武器となる新薬も開発する予定だと言っていた。自称天才薬剤師だ、彼女が時間をかけて作れば本格的に頼りになるものに仕上がるだろう。




 だが実は、刻達はすでに強い兵器を手に入れていた。

 もちろん、ハルのイタズラグッズではない。


「刻様! 二階の瓦礫、すべて処分終わりましたっ!」


 背後から迫りくる気配に、刻は瞬時に身を固くする。

 入口に背を向けて作業していた刻めがけて、ひとりの少女が飛びついてきた。


「次は何をすればいいですか!? あなたのためなら、今すぐ快適に暮らせるよう新しい家を調達して参りますっ!」


「調達しなくていいからどいてくれ。その赤い瞳で見られると怖いんだよ」


「お気に召さない? なら、つぶすまで……っ!」


 刻に馬乗りになったまま、少女は割れた鏡を手に取って自分の目に振り下ろそうとかまえる。


「何してんだアンタ!」


 ぎょっとした刻が鏡片を叩き落とすと、彼女の顔は瞬時に紅潮し、赤い瞳をうっとりと潤ませた。


「心配してくれるのですね……。ああっ、お優しい……!」


 刻を下敷きにした状態で、彼女は刻の首元にぎゅっと抱きつく。


「……エレナ。刻さん完全に引いてますよ」


 椿が粉と化した壁材を雑巾で拭きながら助け船を出す。

 ぴくりと反応した赤い瞳の女――エレナは別人のように表情を豹変させた。


「うるさい! ヘタレ女はすっ込んでて。ぶっ殺すわよ」


「わっ、ちょ、そんなもの投げないで下さいよ! 危ないじゃないですか」


「…………はあ」


 仰向けにされたまま、刻は疲れたようにため息を吐く。



 崇拝していたバフォメットに裏切られた形となったエレナは、その後しばらく茫然自失となっていた。

 これまでに様々な大罪を犯した彼女をどうするか、すべての決断はリンに委ねられることになった。

 刻個人としては、もう魔力もないし放っておいても問題ないだろうと考えていたが、椿はそれを危険だと止めた。

 エレナは魔女になる前、海外で殺し屋をしていた。魔力を持っていなくても敵にまわれば十分に危ない存在になると言う椿の説得に、リンは心底悩んだ様子だった。

 警察に突き出せば? とハル。ジュリアは可哀そうだと同情。

 全員の意見を聞いて、リンが出した答えは『様子を見る』だった。放心状態で立つこともままならないエレナを放りだすのは酷だと、しばらく屋敷の地下書庫に置いておこうと言い出したのである。


――そして、悲劇は最初の夜に訪れた。


 リンからエレナの世話役を命じられた刻は、しぶしぶ地下書庫まで夕食を届けに行った。

 隅の方で丸くなる彼女におそるおそる声をかけ、食事を置いて去ろうとした時、いきなり腕を掴まれた。

 エレナは刻の身体を思い切り引き寄せ、尋常ならざる力の強さで押さえつけた。殺し屋としての本能か、それとも悪魔崇拝派の名残か分からないが、反射的に刻を襲ったのだろう。椿の忠告通り、魔力がなくても十分に恐ろしかった。

 刻が二度目の死を覚悟した瞬間、エレナの瞳から殺意が消え……そして食い入るように見てきたと思ったら、次の瞬間、恍惚とした笑みを浮かべた。


『あなた、素敵……』


 そう囁いて刻を驚かせた後、エレナは生きがいを得たように元気を取り戻していった。

 地下書庫から抜け出して刻の後をついてまわり、甲斐甲斐しく仕事の手伝いをし始めたのである。






「ずいぶん楽しそうだな」


 いつのまにか脱衣所の入り口に立つ黒猫が、エレナに馬乗りにされた刻を見てニヤニヤと笑っていた。


「リン! こいつ何とかしてくれよ。アンタが屋敷に置くとか言うからこんなことに……」


「我慢しろ、お前がその狂犬の首根っこを掴んでくれていれば安心だからな」


 黒猫は突き放すように冷たい言葉を吐いて、近くにいたハルの肩に飛び乗る。


「ねえリン様。このイカレ女元気になったみたいだし、やっぱり出て行ってもらった方がいいんじゃないんですカ?」


 ハルが耳打ちすると、リンは首を横に振った。


「またバフォメットに夢中になられるよりは、刻に熱を上げてもらっていた方が安全と言うものだ。うまくいけば、いざという時戦力になりそうだしな」


「あはは! それまで刻くんが無事だといいけどね! いろんな意味で!」

 ジュリアが楽しそうに笑う。


「もう、勘弁してくれよ」


 刻の嘆きは誰にも届かなかった。



 と、その時。


「うぁあああああああ! 何だっ、これはー!」


 玄関の方から野太い悲鳴が聞こえてきた。


「む、この声は英次か」


「本当だ。英次サンだ」


「英次さん!!」


「真城さんですね」


 リン達は慌てて脱衣場を出て行った。残されたのは刻とエレナだけ。


「刻、さ、ま。ようやくふたりですね」


「くっ……」


「あ! お待ちください」


 妖しい笑みで顔を近づけるエレナを退かし、刻も逃げるように脱衣場を出た。




(やっぱり、ここの暮らしは最悪だ……!)


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