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飛べない魔女と、可愛くない執事くん  作者: ユユ
不思議な屋敷と愉快な仲間たち
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3話

 それから三十分後。さっさと用意を済ませた老執事は、挨拶もそこそこに屋敷出て行ってしまった。


 見送りを終えた刻が私室として案内されたのは、リンの自室の半分くらいしかない部屋だった。それでも昨日まで2LDKの質素なマンション暮らしをしていた身としては、十分すぎるほどに広く、むしろ落ち着かないくらいである。


「……ジイさんの奴、うまく逃げたな」


 ベッドに腰をかけて呟き、刻は改めて新しい自分の部屋を見渡した。

 チューダー様式である屋敷の外観に合わせられた、真っ白い壁と真っ赤な絨毯に囲まれた荘厳な雰囲気の室内。自宅から運び込まれた“ニドリ”で揃えた家具類は完全に浮いてしまっている。


 リンに夕食の時間まで休んでいいと言われたが、特にすることもない。

 そのままベッドに倒れ込んで一時間ほどうとうとしていると、ドアをノックする音に起こされた。


「はい、誰――」


 返事をし終わる前に、勢いよく扉が開け放たれる。


「刻くん! そろそろ夕食ができるよ! 支度しないと!!」


 ジュリアだ。

 さっきと同じでやかましく無作法。天真爛漫な外人少女に、刻はのっそり起き上がると面倒くさそうに頭を掻いた。


「支度って何すればいいんだ?」


「まず着替えて。ハイこれね! 着替えが終わったらリン様を呼んで、一緒に下の大部屋に来て!」


 ジュリアはまくし立てるように言うと、抱えていた服を刻に押し付けるように渡してさっさと部屋を出て行った。何とも派手で豪快な振る舞いである。


「にぎやかな奴」


 あっという間に見えなくなった背中に呟くと、刻は手渡された服をベッドの上に広げる。

 いったいどんな趣味の服を着せられるのかと思ったが、漫画やアニメに出てくるようなこじゃれた燕尾服ではなく、シンプルな三つ揃えのスーツだった。実際に着てみると、学校のブレザー制服でなれているせいか窮屈さは感じない。

 そして鏡を見た瞬間、あまりの違和感のなさに少しだけ複雑な気分になった。


「むしろ高校生らしいバイトの制服の方が似合わないんだろうな、俺は」


 たとえば接客なんて絶対に無理だ。愛想笑いがどうしてもできないからである。だかといって執事の仕事を甘く見ているわけではい。笑いかけることができずとも、せめて言葉と態度だけはきちんと執事らしくしようと決めて部屋を出た。


 リンの部屋の前までくると、刻は息を深く吸ってからドアをノックし……。


「リン……様。夕食の準備ができたぞ……ました」


 イメージにある執事風に主人を呼んでみたものの失敗した。

 初対面は余裕がなくて素のまま接してしまったが、今日から執事見習いとして主である『彼女』を敬わなければならない。だから仕事と割りきってちゃんとしよう。たしかにそう思っていた。


 しかし口を開いた瞬間、『彼女』が猫だということを思い出してしまい、今のぎこちないひと言になってしまったのだ。


「やっぱ猫に敬語は無理だ。人間としての尊厳の方が上まわる……」


 苦い顔で呟きながらもう一度部屋のドアをノックすると、不機嫌そうな声が返ってきた。


「普通に話せ! 今さら敬語使われても気持ち悪い!」


「そりゃ悪かったな。じゃあ、お言葉に甘えて――――」


 刻は言葉を切って目を丸くした。ゆっくり開いた扉から出てきたのが、想像とは全く違う相手だったからである。


 目の前に現れたのは黒猫ではなく、目の覚めるような美しい少女だった。


 年齢は刻と同じくらいか、ちょっと下。艶やかな長い黒髪と着物姿は和風なのに、抜けるような白い肌とパッチリとした大きな目は西洋人形のようである。和洋折衷でアンバランスだが、それが独特の魅力となっていた。

 問題は、その少女が発する声がリンのものであること。刻はこれでもかというほど顔をしかめた。


「……おい、どうなってる? 猫が喋るっていう衝撃的な事実を俺は何とか受け入れたんだぞ。それともさっきは夢でも見てたのか」


「ん、言ってなかったか? 昼間はずっと猫の姿だが、夜になれば次に日が昇るまでは人間の姿に戻れるのだ」


 何でもないように自らの変身事情を説明したリンが、新しい執事の姿を下から上へと眺める。


「ふむ」と細い指を形のいい唇に触れるしぐさをして、彼女はどきっとするような妖艶な笑みを浮かべた。


「な……何だよ」


 刻が落ち着かない気分になって尋ねると、


「お前もそういう格好をすれば少しはまともな人間に見えるな、小僧」


 からかうようにニヤリと笑う。


 彼女の醸し出す不思議な色香に翻弄されそうになっていた刻だが、なまめかしい夢から覚めるように、一気に頭が冷えていくのが分かった。


「その台詞、さっきまで人間ですらなかったアンタにだけは言われたくないんだけど」


「ふん」


 調子をとりもどして反論する刻に、リンは鼻を鳴らして廊下を歩き始めた。

 高慢な態度は子供じみているが、その後ろ姿に妙な貫禄がある。古い屋敷の主人というよりは、さながら一国の女王だ。もしくは、


「……いじわるバアさんだな」


 小さくぼやいた刻の言葉を拾ったリンが、振り返って「何か言ったか」と怪訝な顔をした。


「いや、別に」


「人にものを言うときは、きちんと伝わるように言え。これだから最近の若者は」


 どうやら後者が正解のようだ。



(見た目もだけど……子供っぽいのか、大人っぽいのか分かりにくい女だな)



 刻はそんな印象を抱きつつ、主人の後に続いて階段を降りて行った。


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