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飛べない魔女と、可愛くない執事くん  作者: ユユ
ふたつの契約
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37話


 リンはまるで眠っているような刻の顔に手を伸ばした。頬に触れるとまだ少し暖かい。


(馬鹿者。阿呆。愚か者。なぜこんな無茶な真似をした!)


「…………っ」


 罵ってやろうとしても、うまく言葉が出てこなかった。

 バフォメットは刻の魂を奪った後すぐに姿を消している。あれから数分、リンは動かない刻を前にただ呆然としていた。


「リン様、これはいったい……!」


 いつのまにか目を覚ました椿が、リンの肩越しに刻の姿を覗き込んで色を失う。


「彼、どうしたんですか!」


 刻の状態を確認しようと、リンの向かい側にまわり込む。顔を近づけて彼が息をしていないことに気がつくと、手を口に当てて絶句した。


「ま、まさか、刻さんは……っ」


「死んでおる。バフォメットと悪魔の契約をして魂を持って行かれた」


 リンが力なく答えると、椿の目が一瞬にして涙であふれ、嗚咽がもれる。


「……っ、なぜ、刻さんはそんなことをっ!」


 疲れきった顔で、リンはエレナの方に目を向けた。


「今後一切、魔女に魔力を与えないとバフォメットに約束させたのだ。お前と、エレナの魔力も奪うように言って」


 エレナは向こうの方で、茫然自失している。もはやただの抜けがらだった。


「どうにかならないのですか!? もう一度バフォメットを呼んで契約を取り消してもらうとか」


「不可能だ。悪魔が交渉に応じるわけがない」


「でも、あきらめるわけにいかないじゃないですか!」


「私とて同感だ! だがどうする? まさか地獄までのり込んで行って、刻の魂を連れ帰るとでも言うのか? できるわけなかろう!!」


 玄関ホールにリンの悲痛な叫びがこだました。椿が叱られた子供のように口をつぐみ、鉛のように重苦しい空気が流れる。


「なぜ、なぜとめなかったのだ。私は……!」


 リンは血が滲むほど唇を噛んだ。


「刻が悪魔と取り引きをはじめた時点で、無理にでも中止させるべきだった……。あいつは途中からおかしかった。悪魔に操られたように余裕をなくしていって……。もし早く気がついてやれていればこんなことにはならなかった。命をさし出すことに同意などしなかったはずだ」


「リン様」


「刻ならどうにかするだろうと頼ってしまった。私は甘えの気持ちを持ってしまっていたのだ……まだ、十七歳の子供に……っ!」


 これまで、真城家の執事を何人か看取ってきた。悲しい思いはたくさんしてきたが、十七歳はあまりに早すぎる。

 リンは彼の祖父のことを思いだし、ますます青ざめた。


「私は、英次に何と言って謝ればいい……」


 きっと彼は立ち直れないだろう。刻をこの屋敷に連れてこなければよかったと、自分を責めるに違いない。そもそも、彼らには代々執事を務めなければならない義理などないのだから。


「……ぇ」


 リンはそこで、ふと違和感を覚えた。


「リン様? しっかりなさってください」


 椿に呼ばれてはっと我に返る。


「すまん、急に何かがひっかかって」


「どんなことですか? もしかして刻さんの魂をとり戻す方法ですか!?」


 興奮気味に身をのり出す椿に、リンは首を横に振って期待させたことを詫びる。


「いや、全然関係のないことだ。ただ、なぜ真城家の男が百何十年もの間、私の世話を焼いてくれたのか不思議になってな……」


「そういう取り決めだからじゃないのですか」


「違う。真城家の男が代々執事を勤めているのは、何もそうしようと約束があってのことではない。ただ当たり前のように、現役の真城家の執事が、後継者として子供や孫を連れてくるのだ。これまでに六人、ひとりくらい別の道を選んでもおかしくないにもかかわらず、だ」


「そんな不思議なことでしょうか? 仮にひとりにやりたいことがあったとしても、兄弟の誰かが親の後を継ぐことにOKするのでは」


「兄弟か……」


 椿の何気ないひと言に、リンは過去の執事達の家族構成を思い出してみる。

すっかり色褪せてしまった記憶をたぐるのは困難だった。――が、英次の先代の裕也とその父の明、と順に遡っていくうちに、すぐに不可解な事実にぶち当たる。


「椿、私は確率とか遺伝とかよく分からんが……。真城家六人の執事が、すべてひとりっ子の男児だったとしても不思議ではないか?」


 自信なく尋ねてみると、椿が驚きの目を向けてくる。


「え? それは不思議、というか、ふつうありえませんよ。誰も今までおかしいと思わなかったのですか?」


 椿の指摘はもっともだ。あるいは真城家は知っていて黙っていたのかもしれないが、リンはまったく気にしたことがなかった。


「…………」


 ひとつ謎が解けると、芋づる式に疑問が湧き出てくる。

 たとえば最初の執事である真城真一との出会いだ。ルネが屋敷を出た次の日に、彼はとつぜん屋敷にやってきた。

真一は当たり前のようにリンの世話を焼き、執事としてずっとそばにいてくれた。

 当時はルネに捨てられたことの悲しみと、猫にされた混乱で余裕がなかったが……。

 頼りにしていた師匠がいなくなったとたん、世話をしてくれる男が現れるなどあまりに都合がよすぎる。


(まさか、師匠が私の世話をするように頼んでいたとか……?)


 ルネが屋敷を去っていく直前の光景を思い出してみる。

 彼女はあの時、何かを言い残していた。そのことを言っていたのだろうか?

何度も何度も根気強く回想を繰り返すうち、ルネの声がはっきりと聞こえた。



 本当にいつまで経っても甘えっ子ね。



 私がいなくなっても、心優しく強い魔女でいて。



 あなたが心配だから『術』を掛けていくわ――――。




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