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飛べない魔女と、可愛くない執事くん  作者: ユユ
ふたつの契約
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35話


「……き、刻」


 誰かに呼ばれて目が覚めた。

 あたりを見渡すと、そこはどこかで見たことのあるリビング。視線を落とすとダイニングテーブルの上に学校の課題が散乱している。

 ぽかぽかと暖かい日差しが窓から入り、テレビからは昼のワイドショーの賑やかな音が流れる。平和で穏やかな場所なのに、刻は言いようのない違和感を覚えた。


(何で俺、こんなところにいるんだ? ここ、どこだっけ……)


「ああ、そうか」


 壁紙やカーテンを見て、ここが幼い頃に住んでいた家だと分かった。


(夢か? 懐かしいな……昔の夢を見るなんてなんて久しぶりだ)


「もうお昼ご飯よ。早くテーブルの上を片付けなさい」


「え……?」


 聞き覚えのある声に驚いて振り返ると、チャーハン皿を両手に持った女が優しげな笑みを浮かべて見下ろしている。

 刻は驚きのあまり目を見開いた。


「母、さん?」


「何よ、そんなびっくりして。寝ぼけてるの?」


 くすくすと笑うエプロン姿の女。まぎれもなく、幼い頃に死んだはずの母親だった。

 たしかに夢なのだから驚く必要はない。でも何かがおかしいと感じる。


(変だな。眠った覚えがないのに……)


 刻はいろいろ腑に落ちないまま、はっきりしない頭で課題をどけた。


「やっと昼飯か。あー腹へったなぁ」


 刻の背中に、また懐かしい声が降ってくる。


「父さん……!」


「おう。どうした、冴えない顔して」


「え、いや」


 幽霊と話しているみたいで何となく緊張する刻。


「ほらほら、食べましょう」


 母に促され、妙な感覚に襲われながらも夢の中の両親と食卓を囲む。

 チャーハンをレンゲで掬いつつ、ふと気になったことを口にしてみた。


「ジイさんは一緒に住んでないのか?」


「何言ってるの。おじいちゃんなら横須賀の家にいるでしょ」


「え? あ、そっか……」


 いろいろ思い出してきた。昔は東京の世田谷に住んでいて、両親が死んでから祖父に引き取られる形で神奈川の横須賀市に移ったのだ。

 不思議な気分だ。もし両親が生きていたら、祖父とはほとんど会うこともなかったに違いない。そうしたら今頃は祖父のように……になることも――。


(あれ?)


 また違和感が刻を襲う。


(ジイさんのように、何だっけ)


 記憶をたどってある場所に着くと、立ち入り禁止のテープが貼られているように先に進めなくなる。くぐって侵入しようとすると脳が警告するのだ。危険だからやめておけ、と。


「ねえ、明日は皆でアウトレットパークに行かない?」


「君はいいかもしれないけど、俺も刻も退屈だよ。どうせなら台場がいいな。ほら。デックスに新しく出きただろ、何とかポリスって」


「日曜だから混んでるんじゃないの?」


「それならどこでも同じだろ」


 父と母が楽しげに明日の予定を立てている。いかにも若い夫婦らしい会話だ。


「刻はどこか行きたいところある?」


 いきなり話を振られ、刻は困り顔で両親を見た。


「どうかしたの?」


「いや、何て言うか」


 どこに行きたいかと問われてもアイディアが出てこなかった。


(親と遊びに……か。どんな感じなんだろ)


 小さい頃にはよく三人で出かけたのだろうが、ほとんど記憶にない。


(せっかくだから体験してみるのも悪くないか)


 夢だと分かっていても、刻はもう少しこの生温かい場所にいたいと思い始めていた。


「俺はどこでもいい。母さん達が決めてくれ」


「ですって。やっぱりアウトレットよ」


「いや、台場だろ」


 他愛もないやりとりは食事が終わるまでずっと続いていた。

 行先は結局、アウトレットパークになったらしい。食事の片づけを終えた母が、機嫌よさそうにソファに座って雑誌を読んでいる。

 刻はダイニングテーブルで学校の課題の続きをはじめた。ちらちらと母を盗み見る。


(本当に懐かしいな……母さん意外と小さい……いや、俺が成長したからそう感じるだけか)


 そんなことを思っているとうっかり母と目が合ってしまい、誤魔化すように視線を前に戻す。


 ふと、テーブルの上に新聞があることに気がついた。

 ついさっきまではなかったはずだ。一瞬不審に思ったが、夢なのだと納得して作業を再開させる。しかし何かがひっかかって、もう一度新聞を見た。

 天気予報のとなりにある、占いのコーナーに目を惹かれる――。


(ああ、まただ)


 また、頭の中で警戒音が鳴り響く。


(いったい何なんだ?)


 激しい頭痛に襲われ、刻はこめかみを押さえた。


「ちょっと大丈夫? お薬飲む?」


 心配そうな母の声。しかし『薬』と聞いた瞬間、さらに痛みがひどくなる。


(夢なのに、こんなリアルに痛みって感じるのか?)


 どんどん激しくなる頭痛に意識が飛びそうになった、その時。




 ニャー。



 テーブルの隅にちょこんと座る一匹の黒猫が、じっとこちらを見つめていることに気がついた。

 当時は猫など飼っていなかったはずだ。だが、なぜだろう。名前は知っている。


 たしか、そう――――――――――リン。


「……っ!!」


 刻の頭にかかったモヤが、一気に晴れた。


(これは夢なんかじゃない! 俺は……)


 そしてすべてを思い出す。


 ある屋敷で魔女の存在を知ったこと。彼女達の戦いに巻き込まれたこと。自分が死んだこと――悪魔と契約をして地獄に連れて行かれたことを。


「これで茶番は終いだ。小僧」


 背後から、母とも父とも違う声が低く轟いた。

 椅子から立ち上がって振り返ると、そこはもう懐かしい家ではなく――。

 真っ赤な空に、燃えさかる木々。刻はいつのまにか地獄と呼ぶにふさわしい場所に立っていた。


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