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飛べない魔女と、可愛くない執事くん  作者: ユユ
ふたつの契約
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30話


 電光石火の早さで厨房を駆け抜けたリンは、大部屋を通って、煙幕と粉塵に覆われた玄関に出た。


 敵――エレナの姿を見つける。

 彼女は玄関ホールに立ち、警戒するように辺りを見まわしていた。エレナが全身にまとっている光のオーラによって真っ暗闇ではないが、噴煙に紛れてこちらが見えないらしい。

 駄目押しに、今度は風呂場の方から破砕音が響く。続いて三回目の爆発。

 リンは、立て続けに起こった謎の爆発に困惑する標的の背後にまわった。


(何としても仕留めねば……!)


 小刀を持った右手に力を込め、勢いよく突き出す。


「……!?」


――――手ごたえは、なかった。


 素早く身をひるがえしたエレナに、右腕を正面から掴まれたのだ。小刀の切っ先は、彼女の黒いコートに触れてさえいない。


「アンタ、昨日いたわね」


 冷たい声。背筋に寒いものを感じながら視線を上げると、赤い瞳と目があった。

 鬼に睨まれたように、全身が粟立つ。

 だが、ひるんではいられない。


「当たり前だろう、私はこの家の主人だ……っ」


 絞り出すように言って、リンは腕を掴まれた状態のまま小刀を無理やり前に突き出す。

 エレナは非力なリンを鼻で笑うと、軽々とその手をひねり上げた。


「ぅっ……!」


「アンタも魔女でしょう? 魔力を感じる……でも残念、対象外みたい」


 苦しげに呻くリンを無視して、エレナは上機嫌に話を続ける。


「今はね、悪魔の力を持っている魔女が獲物なのよ。あと少しで、バフォメット様の命令を完遂出きるの。そしたらあの方に逢えるのよ! やっと!」


 頬を赤らめ天を仰ぎ、エレナは狂ったように喜びに震える。


『あと少しで』


 リンは今の言葉でまだ椿が生きていると確信し、ほっとする。目だけ動かして辺りを窺うと、彼女は階段のわきに倒れていた。

 怪我のほどは分からないが、生きて魔力のあるうちはすぐに治癒するだろう。

 細胞の再生に優れていると、椿自身から聞いた。早く肩の怪我が治ったのはそのせいだと――。

 だから彼女が目を覚まして、小刀の存在に気がついてくれさえすれば勝機はまだある。


(身動きが取れない今の私には、時間稼ぎくらいしかできないな)


「悪魔崇拝派の娘……。お前、本気で悪魔が約束を守ると思うのか?」


 不自然な体制のせいで腕が痛むが、リンはかまわず敵を煽る。


「今からでも遅くない。その邪悪な力を捨てろ、そうすれば……」


「黙れ!!」


「う、あああぁぁっ!」


 嫌な音がした。腕を折られたらしい。


「ぐ……っ」


 リンは膝から崩れ落ちる。うつぶせに倒れたところに、すかさず頭を踏みつけられた。


「せっかく殺さないであげようと思ったのに、何でわざわざムカつくことを言うのかしら? ああ、顔を床に押しつけてちゃ答えられないわよね。ごめんなさい」


 嗜虐的な笑みを浮かべるエレナに髪を引っ張られ、無理やり顔を上げさせられる。


「……別に、私は本当のことを言ったまでだ。ムカつくとは心外だな」


 会話に支障がなくとも、口の中は鉄の味で不快だった。ペッと血を吐いて、リンはさらに煽り立てる。


「だってそうであろう? 悪魔の命令とやらに従って仲間を殺したとして、悪魔にふたたび会えるという確証はどこにある?」


「確証はなくても信じてるのよ。あの方に会うためならどんなカケにだってのるわ」


 エレナはまったく動じない。


「悪魔崇拝にしても、お前の場合は異常だな」


 リンは心からそう感じた。

 以前、ルネから『悪魔信仰は見返りを求めるものがほとんどだ』と聞いたことがあった。

 悪魔に忠誠を誓う代わりに魔力を得る『悪魔崇拝派の魔女』はその典型であると。

 強さの欲求。

 知らない世界への欲求。

 人によって目的はそれぞれだが、エレナにとっての見返りはまぎれもなく悪魔の存在そのものだ。

 椿が彼女を狂信者と呼んでいた。バフォメットを敬愛していたと……。

 だが、それは本当にただの『憧れ』の気持ちなのだろうか?

 否、リンには少し違って見えた。


「エレナ、お前はまるで悪魔に恋でもしているようだな」


 リン自身に恋愛経験は多くないが、女難にあった真城家の男の姿を何度か見てきたから分かる。彼女達は一様に盲目になっていた。すべてを捨ててもそばにいたいと言う気持ちに支配されるのだ。今のエレナのように。


「ええ、恋してるわ」


 彼女は当たり前だとばかりに宣言した。


「…………」


 山羊の頭をした男のどこがいいのか聞きたいところだが、これ以上挑発するのは本気で危険そうだ。


(あいつはまだ目が覚めないか……)


 リンは椿に視線を移すが、いまだに向こうで倒れたままぴくりとも動かない。


「アンタには私のバフォメット様への愛が少し分かるみたいね」


 エレナは掴んでいた髪を離して立ちあがるとリンを見下ろし、


「だから証明してあげる。バフォメット様の言葉が本当だったと。だからそこでおとなしく見ていて。あそこで転がってる女を始末したら、あの方に会えるから」


 恍惚とした表情で言い放った。ゆっくりと、椿の方に向かって歩いていく。


(まずい!)


 リンは這いつくばって無事な方の手でエレナの足首を掴むが、


「邪魔よ」


 いとも簡単に振り払われ、そのまま手を踏みつけられた。

 しかし、行かせるわけにはいかない。絶対に。


「待、て……っ!」


 指先の感覚はない。仕方なく腕を使って抱え込むように押さえた。

 また振りはらわれ、今度は腹を蹴られる。


「う、ぐぅ」


「もういい加減にしてよ。せっかくこの喜びを分かち合おうと思ったのに、殺されたいの?」


 エレナはうっとうしそうに言い捨てた。

 そのまま、うずくまって悶えるリンを無視して一歩、また一歩と椿に近づいていく。


(クソ……ッ!)



 状況は最悪だった。


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